2016年F1シーズン開幕、メルボルンには今年も数々のドラマがあった。レースを制したのはニコ・ロズベルグ。しかしチェッカーを受けたあと、ウイナーに負けないくらい喜びを爆発させた、もうひとりの“勝者”がいた。新チームへ移籍して、初レースでポイントを獲得したロマン・グロージャン。その裏側を無線交信から、のぞいてみよう。
・・・・・・・・・・
最終ラップの最終コーナーを立ち上がってくるマシンを、ハースのチームクルーたちが総出でピットウォールから身を乗り出すようにして出迎えた。
レースエンジニアのゲイリー・ギャノンが、やや興奮気味に無線でロマン・グロージャンに伝える。
「チェッカードフラッグだ、ロマン。6位だ!」
コクピットのグロージャンの声は、少し涙ぐんでいるようだった。
「聞いてくれ、みんな! 僕らにとって、これは優勝みたいなものだ! 信じられないよ!」
グロージャンが感無量であったように、チームの誰もが言葉にできない喜びと感動に包まれていた。単純にチームのデビュー戦で入賞を果たしたからというだけではなく、外からは想像もできないほどの苦労を経て、ようやく辿り着いた開幕戦だったからだ。
「毎日ほとんど寝てないですよ、今朝も朝6時までかかってレース戦略策定をやっていたんだから」
チーフエンジニアとしてチームをまとめてきた小松礼雄は苦笑しつつも、うれしそうな顔で言った。ロータス時代と肩書きは同じだが、ハースではチーム代表をのぞけば自身がトップという立場。何事にも不慣れな新チームということもあって、責任の重さと苦労はロータス時代の何倍もあった。
外から見て、きちんとしているように見えるのは、それだけ時間をかけて準備をしてきたということ。実のところ、開幕前テストにクルマを間に合わせるところから苦労のしどおしで、ほとんど余裕はなかった。そしてテストと違って、本番ではミスが許されないという精神的な辛さもあったと小松は言う。
「ずっと寝ないで準備してきて、肉体的にも精神的にもキツかったし、ここに来るまでに、ついてこられなくて辞めちゃった人もいました。だけど、やめないで頑張ってきた人たちの苦労が報われるのは、うれしいです」
スタートからソフトタイヤで長く引っ張っていたら、18周目に赤旗が出て、タイヤを交換することができた。これでピットストップ1回分のアドバンテージ。再スタート後はタイヤをいたわり、ミディアムタイヤで走り切るという戦略を成功させて、6位という望外の結果を手に入れた。
フォース・インディアを従えて盤石だったように見えたが、実は平坦な道ではなかった。
「ロマン、うちはウイリアムズとはレースをしていない。逃げられてもまったく問題ないから、自分のペースで走れ。マッサについていかなくていいんだ」
赤旗からのレース再開後、レースエンジニアのギャノンがグロージャンに伝えた。前を行くフェリペ・マッサについていこうとして無理をしたグロージャンのタイムは、ラップごとに乱高下していた。グロージャンの性格を熟知している小松チーフエンジニアが、それを見て「これは、とっ散らかっているな」とアドバイスしたのだ。
「まだ先は長い。フォースインディアとは良い感じで戦えているから、このペースで行けばOKだ」
冷静さを取り戻したグロージャンは、その後は安定した走りでタイヤをマネージメントしながらニコ・ヒュルケンベルグに追いつかれることもなく最後まで走り切った。
「僕は、ずっと言ってきたんです。とにかく完走を目指そうって。完走すれば必ず結果はついてくるってね。まさか、ここまでの結果とは思わなかったけどね(笑)。だけどフォース・インディアより速かったし、最後はウイリアムズに対しても同等だった。こんなアップアップな状態でも、これだから悪くないでしょ?」
小松チーフエンジニアは笑って言った。この結果以上に、ハースがデビュー戦で得たものは大きい。小松エンジニアの笑顔が、そう物語っていた。
LAT
(米家峰起/Text:Mineoki Yoneya)