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【小松礼雄のF1本音コラム】台風の目となりそうな3年目のハース。小松チーフが見た勢力図

2018年3月22日

 現役日本人F1エンジニアとして、ハースF1でチーフを務める小松礼雄エンジニア。F1速報で4年前から連載しているコラムの今シーズン最初の1回目をスペシャル掲載。現在のF1で起きている真相と、現場エンジニアの本音を読者のみなさまにお届けします。


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 ハースF1チーム、チーフレースエンジニアの小松礼雄です。このコラムは4年前、まだ僕が当時のロータスF1チームにいた頃に、内側から見た生のF1をみなさんにお伝えできればと思い始めました。その後、ハースという新しいチームに移り、そこで一からチーム作りの一端をやらせてもらっています。


 とにかくクルマを安全に走らせながらポイントを獲った1年目、チームを補強しながら性能面に目を向け始められ、ポイントも増えた2年目が終わり、今年は勝負の3年目になります。もちろん、たった3年ですからまだまだ足りないところはたくさんあります。


 それを受け入れた上で、今年は結果を出さなければいけません。チームの真価が問われるシーズンになります。この挑戦を少しでもここで皆さんと共有しながら戦っていければ幸いです。


 F1はクルマという“モノ“を使いますが、やっぱり人がいろんな思いをしてやっている物語があるから面白いんだと思います。そこら辺りを伝えられたらと思います。今シーズンもよろしくお願いします。


 まず開幕前のテスト8日間を振り返っての手応えは、ここ3シーズンで一番良いです。最初のテストは雪が降ったり、温度が低かったりと良いテストコンディションではありませんでした。加えて新舗装の路面はとてもスムーズで、僕らが知っているバルセロナから、ガラッと変わっていました。この様なあまりにも通常のレースウィークエンドと違う状況で、ちゃんとしたデータを採るのは簡単ではないのですが、それでもロマンが担当したテスト初日の最初のランから、今年のクルマの素性はとても良いというのは判りました。


 前にもお伝えしましたが、ちゃんとしたドライバーが乗れば、新車の評価は走り始めの3周ぐらいでわかります。だから僕は毎年、テスト初日の走り始めが怖いんです(苦笑)。なにせ初日の朝10時までにはその1年がどれだけ大変なことになるか大体見えちゃうんですから。ですから前日の晩は、毎年ちょと緊張します。ドライバーが数周走って帰って来たときの、言葉や表情から自信が見てとれた時はホントにホットするものです。


 今年は、ロマンは帰って来るなり、開口一番「とても良い!」と言ってくれたので、まずは一安心です。もちろん、テストに来るまでシミュレーターなどで走り、どれだけの性能が出るのかの予測はあります。しかし、やはり実際にタイヤを着けてドライバーに走って貰うまでは判りません。


 とくにウチみたいに去年から今年にかけてガラっとコンセプトを変えている場合は特にです。間違った方向転換をしていれば、酷いクルマになる場合もあるからです。もちろん、いくらロマンが「とても良い」と言ったからといって、「本当にどれくらい良いのか」はもっと走りこまないと判りません。例えば再舗装されていて路面のグリップも上がっていますから、そのことも考慮しなければいけません。


 この「本当にどれ位速いのか」という確認は4日目までなかなかとれませんでした。初日2日は信頼性の問題もあり、なかなか周回をこなせず、3日目は雪と低温で全く走らなかったからです。4日目はようやく午後になってドライで走れるようなコンディションになりました。ここでのクルマのバランス、タイムの出方をみて、僕もやっと、自分達がテスト前に想定していた位置で走れていることを確認できました。(この日は96周を走行して4番手タイムをマーク)。


 その段階で僕らのマシンには速さはあることはわかりました。ただ、まだまだ信頼性に不安を残す要素がありましたし、1回目のテストは先ほどもいったようにコンディションが悪くあまり走れていないので、2回目のテストは、まずは距離を稼ぐことを目標にしました。しかし実際にはトラブルが出てしまい、あまり距離を稼げませんでした。まあでも、トラブルをこの1日目・2日目でほぼ出し切れたのはよかったです。


 3日目、4日目は午前中にミディアム、ソフト、スーパーソフト、ウルトラソフトといろんなタイヤを使ってのデーター収集。午後はレースシミュレーション。そして残った時間で更にロングランやピットストップ練習を計画していました。実際、ほぼトラブルフリーで3日目は153周、4日目は181周をきちんと走れ、予定していたテストはほぼ終えることができたので、得るものは多かったです。


 最後の4日目は今年から導入されるハイパーソフトでタイムを出したチームも多かったですが、ウチはハイバーは履きませんでした。ハイパーソフトは去年のアブダビテストで使いましたが、その際に一発のタイムは出るが、他のタイヤよりもかなりグレーニングが出やすいということの確認がとれていました。


 そんなにグレーニングがきつくないアブダビでさえ酷いグレーニングが出たので、タイヤに厳しいバルセロナでは、ハイパーソフトは1周のラップタイムを出す以外に使い道がありません。ハイパーソフト自体、最初のレースに投入されるのはモナコですし、そのモナコの前にはもう一回バルセロナでインシーズンテストがあるので、そのとき走ればいいと思ってウチは使用しませんでした。もし8日間ドライで問題も無く走り続けられていれば、数セット使ったとおもいますが、最初のテストが順調で無かった時点で、ハイパーでの走行は構想から外しました。


 新車のVF-18についてですが、僕たちは去年のクルマの開発を3月でやめてたので、それが正しい判断かどうかというのは、今年のクルマが出るまで言えないと常々思っていました。去年の結果だけを見たら、コンストラクターズ8位ですので去年3月で開発をやめたのは間違いだったわけですよね。シーズン中の開発を続けていれば、トロロッソとルノーに勝って、ランキング6位になれた可能性はかなりあったからです。


 しかし、それをやっていては2018年にコンセプトを大きく変えたクルマをちゃんと準備するのはウチの規模では厳しい。今年のクルマの走り出しがこれだけいいということは、今のところ昨年の判断は正しかったのかなと思います。じゃあVF-18の何が良いかと言えば、やはり去年の3月からずっと開発してるわけですので、どこか一部が良いわけではなくて、全体がかなり良くなっています。


 今のクルマはとにかく全体のパッケージで考えてデザインされているので、開発の段階にもよりますけど、「フロントウイング新しいのできました」とポンとコンセプトの違うマシンに付けたところで、そのフロントウイングの恩恵は必ずしも得られません。


 ウチは他の大きいチームと同じように去年のクルマを開発しながらというのはできないですし、昨年型からキャリーオーバーができるものがないので、開発を今年にフォーカスしました。昨年型から今年に掛けのコンセプトの変更は、とにかくもっと一定して、リヤの安定性を出せるような開発をすることでした。


 今年のクルマは当然、ハロの影響は大きいですが、そのハロについても去年の早い段階から開発に加えているから、ハロを付けてパフォーマンスが落ちてリカバーする部分も、他のチームより同じぐらいか早くリカバーできてるはずです。


 そしてテストの最高速を見てフェラーリのパワーユニットの評判がいいようですが、僕は特にそこにはフォーカスしていません。カスタマーなので、それをいかに使うかということにしかフォーカスしていません。もちろん、トップスピードという面ではある程度、満足はしていますが、こちらからフェラーリに対してパワーの面でなにか言うということはないです。


 今年に向けてのチーム体制もずっと強化を続けています。だけど、新しいスタッフが入っても、その人が能力を発揮してチームがその恩恵を受けるまでにはどうしても時間がかかります。2016年にチームを始めて、2016年の後半にビークルパフォーマンスグループのスタッフを雇い始めて、その第一段階のリクルートが2017年の中盤に終わりました。そしてやっと今年のクルマにその人達によって開発されたパーツを入れることができたんです。そのパーツがハースF1の歴史で初めて、イギリスのバンバリーのファクトリーで生まれた開発パーツになりました。


 今年はシミュレーターももっと使おうと思っているので、それ専門のスタッフも雇いました。実際、バルセロナのテストの翌週もシミュレーターをやっています。内容はバルセロナのテストの総括と、メルボルン、バーレーン、中国に向けた準備をしていますが、そういうことも去年のこの週ではできなかったですから、進歩です。


 去年までは人も道具もいなかったので、メルボルンに行くこの1週間前はとにかくファクトリーでテストのデータを見たり、ラップタイムシミュレーションを使ったりしてメルボルンの準備をしていましたが、今はそれと並行してシミュレーターでもやることができているので、そういう意味でも前進出来ています。
 
 また今年は日本のタイヤメーカーに勤めていた方にも、ハースに入ってもらえました。去年はタイヤ面で苦しんでいたので、去年の中盤からシンガポールあたりで探していて、ありがたいことに良い人が見つかりました。タイヤというのはとにかく、「生もの」といか、データに現れないことの影響が多いんです。もちろんデータもありますけど、それは断片的なもので、情報量も少ないです。そうなった時に経験値がとても重要になってきます。


 たとえば20年間タイヤを見てきているような、専門家には表面を見ただけで状態が把握できますが、僕が同じタイヤの表面を見るのと、タイヤ専門のスタッフが見るのとでは、得られる情報は雲泥の差があります。タイヤの表面を見たときに、僕もある程度、機能してるかしていないはわかるけれども、100%はわからないですからね。


 そこでたとえば、8割の自信があるとするじゃないですか。それでも2割の不安は残るわけですよね。不安が残るということは、一応他のことも見なきゃいけない。タイヤが原因ではなかった場合の2割の可能性をカバーしなきゃいけないんです。


 そうするとサスペンションをチェックしたり、エアロをチェックしなきゃいけない。でも、タイヤの専門家の人が見て「コレは100%機能してます・していません」ということになったら、もう、すぐに自信をもって次に進めるわけです。この効率の部分はすごく大きいですね。特にウチみたいな小さなチームでリソースがほとんどないチームには、すごく重要です。


 今季のライバルチームの印象ですが、マクラーレンは結構速いと思いますし、1番のライバルは僕の古巣(ルノーF1)だと思っています。今の段階ではウチのほうがちょっと速いと思いますが、ほぼ差は無いと思っています。マクラーレンとルノーは資金力もありますので1年間開発を続けられる。今年はウチも開発を続ける予定ですが、ルノーはやはり速くなっています。この集団の後ろにウイリアムズやフォースインディアがいる印象です。そしてその後がトロロッソ、そしてザウバー。


 オーストラリアでの目標ですが、ここまで話して怒られるかもしれないけど、まずはレース完走するのが一番大切だと思っています。今年のウチのクルマは速いので、完走さえすれば絶対ポイントが穫れると思っていますので、とにかく完走しなきゃいけない。


 クラッシュしないでモノが壊れないで、とにかく普通にレーススタートして普通にオペレーションして普通にピットストップができれば、どう考えてもポイントは穫れるはずですので、とにかく一番フォーカスしているところは完走です。この「普通」にやるっていうのが当たり前にできるようになればチームが成長した証しです。


 冒頭で書きましたが、ハース3年目の今年は勝負の年です。去年の3月からクルマを開発しているお陰もあり、クルマはよくなってきている。とにかく今年は結果を出さないといけないですね。今年の結果で今後のハースのゆくえが決まるとさえ僕は思っています。将来のスポンサーとか将来もっといい人材を雇ってくるとか、大きくすればいいってもんじゃないですけど、会社、チームとして次のステップに行くためにも結果を出さないといけない。


 もう“新チーム“ではないので、今年成績が上がらなかったら「なにやってんの?」ということになります。個人的には選手権の位置というより、ウチのベンチマークはフェラーリなので、フェラーリとのギャップを昨年比で半分にしたい。バルセロナテストではこれが可能なことは確認できたので、あとはやるだけです。


※第2回目以降はF1速報有料サイトでお楽しみください。



(Ayao Komatsu)


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