F1のドン、バーニー・エクレストンが、絶対に来ないグランプリがある。それが開幕戦オーストラリアGPだ。
かつては盟友のはずだったロン・ウォーカー同グランプリ元会長と、いまは憎み合うほどの関係にあるからである。しかしそれ以外のグランプリには、85歳の高齢とは思えぬ身軽さで飛び回る。
その際にバーニーは、自家用ジェット機を利用する。といってもカナダ・ボンバルディア製の小型旅客機で、それを個人用に改造したものだ。通常は50席以上ある座席を取っ払い、総革製のソファを10数席ゆったりと設置。ヨーロッパ内は、この仕様で移動する。そして日本や南米など長距離移動の際は、ソファをすべてなくし、機内に就寝用のベッドと仕事用のデスクだけ置くのだという。
数年前の日本GPに、バーニー夫妻はこのジェット機でやってきた。ところが迎えに出た関係者の話では、降りてきた奥さんは疲労困ぱい状態。第一声が「とにかく何か食べさせて」だったという。途中給油も含めてイギリスからの20時間以上の旅にもかかわらず、機内で何も食事が出なかったそうだ。
バーニーは1機30億円以上といわれるこのジェット機をポンと購入したうえに、ふたりのパイロットを常時待機させている。ところが必要ないからという理由で、CAは雇っていないのだという。普段から質素に暮らし、しかも超人的な体力の持ち主のバーニーである。これぐらいの移動なら水分補給だけで十分なのだと。しかし40歳年下の奥さんは、とても耐えられないようだった。このとき迎えに出た関係者は、感嘆しながらこう言っていた。
「もちろんバーニーなら、ファーストクラスを全席借りきって旅行するくらいの金はある。そのほうが、ずっと快適に決まっているが、たとえば日本に来ると決めたら、その途中であちこちに寄って仕事するからね。となると、自家用ジェットの移動しかない」
せめて奥さんに、機内食ぐらいは出してあげてください。
(Text : Kunio Shibata)