「リヤエンドがすごく酷い。オールージュでスロットルを戻さなきゃいけないくらいなんだ。全然ダメだよ」
「どうやったら前を捕まえられるのか分からない。全然ダウンフォースがないんだ」
「クルマがこんな状態じゃ、セーフティカーが入ったってもう前に追い付くことはできないよ」
エンジニアのボニントンはハミルトンのペースが悪くないことやセーフティカーが入る可能性を伝えてなんとか思いとどまらせようとしたが、ハミルトンのレースにかける気持ちはもう切れているようだった。
その背景には、前戦ハンガリーGPの予選で燃料漏れによる失火でエンジンを1基失っているという事実があった。パワーユニットは年間5基で賄わなければならないが、ハミルトンはその点においてタイトル争いのライバルであるチームメイトに対して不利に立たれていることを気にしていたのだ。
「(リタイアを考えた)ひとつの理由はマシンがとてもアンバランスだったことと、もうひとつの理由は、前回のレースでエンジンが燃えて1基失っているということだ。だから僕はニコ(ロズベルグ)よりもエンジンアロケーションが1基少なくて、今後のレースではフリー走行などで周回数がタイトになるんだ。だからエンジンをセーブしたかったんだ」とレース後の会見で話すハミルトン。
無線だけを聞けば、ハミルトンの精神的弱さが出たようにも思われたが、実はそうではなかった。ハミルトンはこの先、残り7戦のタイトル争いを考えた上で何を優先すべきかを冷静に考えていたのだ。最終的にチームはハミルトンの要望を受け入れ、ピットに呼び戻した。
「シーズンはまだ7戦残っているし、僕には素晴らしいチーム、素晴らしいクルマがある。この先、運がどう向くかなんて誰にも分からないしね。だから今後数戦、自分にやれるだけのことをやってやろうと思っているよ」
選手権リーダーのロズベルグに29ポイントの差をつけられたハミルトンだが、彼の心の炎が消えたと考えるのは早計だ。
(米家峰起)