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『エイドリアン・ニューウェイ HOW TO BUILD A CAR』連動企画03/レッドブルを変えた大胆な手法

2020年4月28日

 数多くのチャンピオンマシンを生み出したレーシングカーデザイナー、エイドリアン・ニューウェイの著書『HOW TO BUILD A CAR』が4月28日(火)に発売となった。日本語版の発売を記念した連動企画として本書『ON THE GRID』CHAPTER 62より、一部を抜粋して紹介する。ウイリアムズやマクラーレンを経て、新興チームのレッドブルに移籍したニューウェイは、どのように勝つための土台を作っていったのか。
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 オフィスから私をつまみ出したマクラーレンは、契約が切れる前に私がレッドブルに加わることについて、何の抗議もしなかった。よって今回はガーデニング休暇はなかった。マクラーレンはレッドブルを脅威とは見ておらず、私を早めに解放しても何の心配もないと思っていたのだ。私は3月1日から勤務を始めることになった。


 その2、3週間前にはミルトン・キーンズ郊外のパブで非公式なミーティングが開かれた。主な目的は、レッドブルの上級技術スタッフとの顔合わせだ。そこで私は思いもよらぬ言葉を聞いた。古参のひとりが、こう言ったのだ。「エイドリアン、このジャガー(編注:レッドブルはジャガーチームを買収してF1に参戦)では、私たちなりの手順とプロセス、物事のやりかたというものがある。君も、それにうまく馴染んでほしい」


 この意見を私は聞き流した。だが、ひとことで言えば、これこそジャガーがコンストラクターズ選手権で7位以上に一度も入れなかった理由を説明するものだった。ジャガーの上級エンジニアたちは、チームのエンジニアリングのプロセスとアプローチが結果をもたらしていないことを認識しているはず、と思うのが普通だろう。特に1年前にチームオーナーが変わったことを考えれば、選手権を勝ち取るようなチームがどんなアプローチを採っていたのか、マクラーレンから来た私から学ぶチャンスがあるなら強い関心を示してもいいはずだ。


 ファイフィールドの寝室からマクラーレンの新旧ファクトリーを渡り歩いた私の製図板も、クリスチャン(ホーナー/レッドブルレーシング代表)がマーティン・ウィットマーシュ(当時のマクラーレンチーム代表)と話をつけてくれて、無事にミルトン・キーンズへと届けられた。こうして私はジャガーへ移籍する寸前まで行った4年前に、ひょっとすると使うことになっていたかもしれないデスクに座って仕事を始めた。


 私は2007年の新車、レッドブルRB3になるべきもののリサーチとデザインに没頭した。最初の仕事はクルマ全体のレイアウトと、風洞モデル用の空力コンポーネントの図面を描くことで、たっぷり6週間から7週間これにかかりきりとなっていた。


 毎日遅くまで働いて、私は新型車のノーズからリヤウイングまでを描き上げた。その出発点として用いたのは、記憶にあるマクラーレンの形だった。これは法律的な観点からも文句なしに許容される。自分の頭の中にあるものは何であろうと自由に使って構わない。


 反対にやってはならないのは、ほかのチームの資料、図面、文書などを使うことだ。F1でも産業スパイの例は数多くあるが、最も有名なのは2007年にマクラーレンが1億ドルの罰金と選手権ポイントの剥奪という処分を受けた一件だろう。彼らは、チームに不満を抱いていたフェラーリの従業員から、内部情報を手に入れて利用したのだ。


 ともあれ、私が描いたものは2006年のレッドブルのクルマよりも開発の出発点としては優れていた。この年のレッドブルはオーバーヒート、ダウンフォース不足、プアなハンドリング、そして信頼性の低いギヤボックスといった問題を抱えていた。要するに、良いところはほとんどなかったのだ!


 またチームには、ふたつの重要なリサーチツールが欠けていた。ひとつはギヤボックスのトランジェント・ダイナモ(過渡特性が計測できる動力計)だ。マクラーレンはシュトゥットガルトにあるメルセデスの施設を利用できたが、フェラーリのカスタマーエンジンを使うプライベートチームに過ぎない私たちは、そうした特殊な装置にアクセスする術がなかった。だが2005年のマクラーレンのクイックシフト・ギヤボックスと同様のものを自前で開発するには、どうしてもこれが必要だった。


 多くのチームの風洞にムービングベルトを納めていたアメリカの会社MTSから、それなら製作できると言われたものの費用の見積りは約100万ポンドだった。そこで、このダイナモを調達する必要性についてディートリッヒに直訴したところ、あっさりと同意してくれた。

■F1は技術的なスポーツだが、究極は人間が集まって行うもの

 もうひとつ必要と感じていたのはドライバー・イン・ザ・ループ(DIL)のドライビングシミュレータだ。これもマクラーレンで開発中だったツールで、簡単に言うとアーケードゲームを極限まで進化させ、ドライバーが乗り込んで任意のサーキットでの運転をシミュレーションできるようにしたものだ。


 エンジニアリングの観点から見ると、その価値はドライバーのトレーニングではなく、クルマのセットアップをテストすることにある。たとえば異なるサスペンションジオメトリーや、異なる形状のエアロマップを評価したいとき、このシミュレータをツールとして使えば、それでクルマのハンドリングが良くなるか悪くなるか、速くなるか遅くなるかを判定できるのだ。


 このプロジェクトが進むにつれて私は、まずチーム内のシミュレーション担当チームに、続いて彼らがシミュレータ製作の契約を交わした会社に対しても疑念を抱くようになっていた。同時に、私の空力的なアイデアの現場での進捗があまりにも遅く、パーツの完成に要する時間が長すぎると感じていた。


 チームにやたらと会議をしたがる文化があり、それも何をしたかを報告する馴れ合いの会話ばかりで、次に何をすべきかは、あまり考えていなかった。また大きな欠点があって、おそらく役には立たない風洞のホイール・モーション・システムに関する議論にも無駄な時間を費やしていた。風洞プログラムそのものが、ひどい混乱に陥っていたにもかかわらずだ。


 振り返ってみると、私は2007年型車のデザインに時間を費やしすぎ、こうした核心的な問題点を解決する努力に十分な時間をかけていなかった。どうやら私には見えないところで、ある種の裏文化が生き続けているようだった。私の面前ではイエスと言いながら、裏ではジャガー時代と同様に自分たちのやりかたを続けていたのだ。


 その中心人物が誰なのか、私なりに心当たりはあったが、吊るし上げようとしても激しい否認にあうだけだった。そこで状況を正しく理解するために、クリスチャンと私が昔から家族ぐるみのつきあいがあり、信頼できる友人のジェーン・プールをトラブルシューターとして雇い入れた。クレスト・ホテルズで働いたあと、ホッグ・ロビンソンで出世したジェーンに、この仕事は適任だった。


 2006年の秋、彼女は週3日勤務の人事管理コンサルタントとしてチームで働き始め、彼女がエンジニアや他の従業員に警戒されず、本心からのフィードバックが得られるように、私と彼女が知り合いであることは伏せておいた。クリスチャンとロブ・マーシャルは私の味方だったし、さらにマクラーレンからは以前の仕事仲間であるピーター・プロドロモウと、私が知る限り最高に頭の切れる人物のひとり、ジル・ウッドも引き抜いていた。ジルは、あのクイックシフト・ギヤボックスだけでなく、マクラーレンのDILシミュレータにも多大な貢献をしており、私たちのシミュレータ・プロジェクトの牽引役には最適だった。


 結局ジェーンによって推測は正しかったことが確かめられ、私は3人の上級職メンバーの解雇を決めた。言うまでもなく、軽い気持ちで下せる判断ではなかった。だが、ほぼ一夜にしてチームの雰囲気は驚くほど変化した。解雇された人々の取り巻きとして、私が疑いの目を向けていたメンバーも完全に態度を変えた。むしろ去っていったボスたちへの誤った忠誠心から解放されて、ほっとしていたのかもしれない。F1は技術的なスポーツだが、究極は人間が集まって行うものだ。何と言っても重要なのは人材であり、個々の長所を引き出して、さらに高めるような環境を作ることだ。


“やることリスト”の次の項目は、エンジン・サプライヤーを探すことだった。前述のように、チームはフェラーリのエンジンを使っていたが、ワークスチームと比べると一段落ちる仕様だった。クリスチャンと私は、フェラーリのスポーティングディレクターであるジャン・トッドと話し合ったが、ワークスとおなじスペックの供給はきっぱりと拒否された。


 2006年初めの時点では、メルセデスのV8(同年からの新規定で3リッターV10から2.4リッターV8エンジンとなった)はトラブル続きだったのに対し、ルノーはかなり出来が良さそうに見えた。そこでルノーにアプローチしてみたところ、エンジン担当テクニカルディレクターのロブ・ホワイトが、ワークスと同一仕様のエンジンを供給することに同意してくれた。

■事前に目を通したレポートを読み上げるだけの会議は時間の無駄

 また、技術系の各部門間のコミュニケーションを良くするために、私はクリスチャンを説得し、中二階を利用してメインのエンジニアリングオフィスを拡張してもらった。部署ごとに敷地のあちこちに散らばっているのではなく、すべての部門が大きなひとつの部屋に収まるようにしたのだ。


 また、結果として明確なアイデアとアクションが生まれた場合のみ、その会議には意義があったと見なすことにした。会議の前に各自が目を通しておくべきレポートを読み上げるためだけに会議をするのは時間の無駄でしかない。


 高額の予算を必要とする最後のタスクは、ドライバーの選択だった。2006年のリードドライバーは、引き続きデイヴィッド(クルサード)が務めた。私たちはマーク・ウェバーに目をつけた。彼はジャガーをドライブしたこともあったが、チームの不振もあって伸び悩み、ウイリアムズへ移籍していた。私は彼を高く評価していたので、アプローチしてみたところ、嬉しいことに彼も私と仕事をするというアイデアを気に入ってくれた。こうして2007年のドライビングチームが確定した。


 その頃、私はアメリカズ・カップの視察でバレンシアを訪れ、あるアイデアを得て帰ってきた。ヨットチームは比較的規模が小さく、レース会場に留まる日数が長いため、事実上チーム全体がそっくり現場へ引っ越してくるような形を採っている。そしてセーリングチームは1日を海の上で過ごしたあと、本来はファクトリー勤務のエンジニアたちと席を囲んで、彼らが学んだこと、艇について感じたこと、あるいは改善できる点はどこかといったことを話し合うのだ。


 これはモーターレーシングの世界でよく起きる問題と、良い意味で対照的だった。実際ジャガー/レッドブルが好例(つまり、悪い例として)だったのだが、ファクトリー勤務のチームとレースチームとの間に“俺たちと奴ら”というネガティブな感情が存在することが多い。レースエンジニアは往々にして「車の面倒を見るのは自分たちだ」という、やや傲慢な態度をとりがちで、それがファクトリー勤務のエンジニアには癪に障るのだ。


 私たちは、ミルトン・キーンズのビルディング1に『オペレーション・ルーム』を設けて、サーキットのコントロール・ルームとリンクさせることを考え始めた。チームが現場にいる数人のエンジニアだけに頼らず、ファクトリーにいる人々の専門知識にも常時アクセスできるようにするためだ。


 これらふたつの部屋にビデオ会議の機能を備えれば、たとえばギヤボックスに信頼性の問題が生じた場合、レースチームの担当者がファクトリーにいるギヤボックスの専門家を呼び出し、ビデオ通話を利用して問題点について話し合うことができる。また、それに大容量の通信回線を組み合わせれば、様々なセンサーや車載コンピュータを通じて得られるクルマに関するあらゆるデータをリアルタイムでファクトリーと共有することも可能になる。


 これは技術的に重要だが、かなり難しいチャレンジだった。アメリカの大手電気通信会社AT&Tに、こうしたことができるか打診をしてみると、彼らは熟慮の末に「実現は可能」という返事をくれた。このようにして、チームの成功に欠かせないものは揃った。本当の意味での完成には、まだ2、3年を要するものも少なくなかったが、ファクトリーでは将来への期待感と興奮が高まっていた。
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『エイドリアン・ニューウェイ HOW TO BUILD A CAR』の詳細と購入はこちらから
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『エイドリアン・ニューウェイ HOW TO BUILD A CAR』
訳/水書健司 監修/世良耕太
発行元/株式会社 三栄
ハードカバー・656ページ
定価5280円
2020年4月28日(火)発売


三栄オンラインでの購入はこちらから
https://www.sun-a.com/magazine/detail.php?pid=11299





(autosport web)




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