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『マクラーレンvsウイリアムズ』Racing on最新号特集、ナイジェル・マンセル インタビュー

2021年6月15日

 現在発売中の雑誌『レーシングオン No.513』では、40年以上にわたりF1で活躍を続けてきた名門チーム、マクラーレンとウイリアムズの足跡と近未来について特集している。ともに英国籍で、ともに1980〜1990年代に最強時代を謳歌し時代を築いた両陣営だが、実はそのチーム哲学やステータス、プライオリティは驚くほどに異なり、似て非なる存在とも言えそうだ。


 そこで今特集の目玉として、チーム躍進の原動力でありホンダやルノーとともに勝利を重ね、移籍を経た後にも二度復帰するなど縁の深いウイリアムズと、ライバルたるマクラーレンにも在籍経験のあるナイジェル・マンセルに当時の思い出や裏側のエピソードを訊いた。


 ここでは『レーシングオンNo.513』に収録されている、マンセルのインタビュー記事から一部を抜粋してお届けする。


* * * * * *


(以下抜粋)
──ウイリアムズ初年度、85年がスタートするとホンダエンジンに多くの問題が発生しました。


「あの年はドライバー、エンジニアともに息をつく暇がなかった。ポルトガルGPではグリッドに着く前、コーナーの途中でブーストが急にかかり、僕はスピンしてまっすぐバリアに激突してしまった。そんなエンジンで走るのは本当に恐かったよ」


「それでもホンダはスペックB、C、Dと多くの改良バージョンを投入してきた。ターボとターボラグに関する開発も行なわれていて、パワーが必要なタイミングよりも数秒前にアクセルを踏むことが必要で、それを実践できるドライビングを身につける必要があった。危険な時代だったね。なぜなら当時のエンジンは1000〜1500馬力を発揮していたからね」


──翌86年はケケ・ロズベルグが移籍し、ネルソン・ピケが加入しました。


「ケケとは異なる力関係になったね。チャンピオン経験者のネルソンが加入すると、すぐにナンバー1ドライバーとなった。ケケの時も僕はナンバー2だったが、彼とは全く問題がなかった。しかしネルソンは全く違った。チームは“全部彼のもの”なのさ。つまり僕はチームメイトではなく、彼をサポートするだけの存在に見られていた」


──あなたとピケの関係は親しいものではなかったということですか。


「ナンバー1契約のワールドチャンピオン経験者がチームのナンバー2に負けたら、快くは思わないだろう?」


──結局その年は5勝を挙げながら最終戦でタイヤトラブルに見舞われ、タイトルは獲得できずに終わりました。


「僕はタイヤ交換したいと無線で言ったんだ。でもチームは、タイヤは摩耗していない、タイヤはグッドイヤーが検査していて問題も摩耗も起こらないからピットインするなと返してきた。十分なギャップはあったし、僕は3位でフィニッシュすればタイトルを獲得できたはずなのに……。結果バーストして、タイトルの可能性は消滅した」


──あなたは87年も日本GP(の予選)でクラッシュし、決勝と最終戦を欠場して再びタイトル獲得を逃してしまいました。


「鈴鹿のS字で急にリヤタイヤのグリップがなくなり、高速でクラッシュした。それまでは全てがうまくいっていたのに……。あの大事故で背骨が圧迫されたのは本当に、本当に“痛い”経験だったよ」


──ウイリアムズは87年末にホンダと袂を分かち、翌年はジャッドエンジンを使うことになりましたが、その時の気持ちはいかがでしたか。


「あれはホンダの決定ではなかったと僕は思っているよ。88年にホンダを失ったのは契約自体が巨額の金で売られたんだ。僕の記憶が正しければ、その金額はたしか2400万ポンドだったはずだ。抜け目がないマクラーレンが、チャンピオンを確実に獲得するために“買った”のさ」


「ウイリアムズにとっては衝撃的な失策で、タイトル獲得に全力を注いでいた状況から、88年は2戦で2位完走が最上位なんて状況になってしまった。あの年もタイトル争いができると確信していたのに、完全に迷走した。本当に残念だったよ」


──では、ホンダエンジンを獲得して16戦15勝を挙げたマクラーレンを見ているのはつらくなかったですか。


「彼らが勝つのを見るのが苦痛だったということはない。当時は彼らが“選ばれし人たち”だったわけだからね。88年の彼らは圧倒的に強く、ライバル全員を周回遅れにした。“正しくやっているな”というだけだよ」


──翌89年にフェラーリへ移籍して90年に突如引退を表明しましたが、91年はウイリアムズに復帰しましたね。


「フェラーリ加入後、最初のレースで優勝した。エンツォ(フェラーリ)自身が契約した最後のドライバーになったことも、とても特別な思い出だ。ジョン(バーナード)と仕事をできたのも良かった。ただアラン(プロスト)が加入するとチーム内の力関係は再び変わり、僕は嫌気がさして引退を表明した」


「でもウイリアムズのコマーシャルディレクターだったシェリダン(シン)に引き止められ、彼は僕が復帰しなければ双方ともに大きく後悔するだろうと言った。そして再び我がチームのドライバーになってくれと言ったんだ」


──それで、すぐに契約を結んだのですか。


「僕は復帰こそ決めたけれど、その理由として言われた『アランやアイルトン(セナ)と契約しようとしたが91年はパッケージ全体の準備がまだできていなかったので契約しなかった』という言葉を決して忘れなかった。また数年間のテストや予算などについて保証を要求したが、フランク(ウイリアムズ)はテレビのインタビューで『ナイジェルの要求は不可能なものだ』と言っていた。だから僕は、すぐには決めなかった」


「その後、不可能が可能となって全ての保証も受け入れられ、契約を結んだ。僕は2年目も多くの努力が必要になる可能性を予想して3年契約を望んだものの、彼らは応じなかった。結果、2年契約に1年のオプションがプラスされた契約を結んだんだ」


──91年の序盤は信頼性の問題が多発しましたが、中盤以降は状況が改善して優勝するようになりましたね。


「チャンピオンになることもできたと思っている。しかしポルトガルGPでピットインの際にタイヤがしっかり装着されていない状態で発進してしまい、優勝を逃すことになってしまった。あそこで優勝さえしていれば……。でもあの年、アイルトンが僕のところに来てこう言ったんだ。“追いついてもチャンスはないよ”。大胆な発言だなと思ったが、彼らは本当に90馬力近いパワーアップを果たした新エンジンを投入してきて我々を打ち負かした。だからアイルトンは正しかったんだ」


──セナとの関係はどうだったのですか。


「僕らの間には敬意が存在していた。口論することもあったが、彼は僕が他のドライバーたちと比べて全く違うレベルだということを真に理解していたと思うよ。彼の僕に対する最大の褒め言葉は“キミは完全に気が狂っている”だったからね。僕も“だったらキミと同じだね”と返事していたよ。僕らは互いに笑い合い、彼は僕を抱きしめた。彼は僕をリスペクトしてくれていたと思う」


──チャンピオンを獲得したのに93年はチームを去り、アメリカのインディカーで新しい人生に挑んだのはどうしてですか。


「歴史に名を残すのは嫌じゃないけど、ワールドチャンピオンになった翌日に『もうあなたのシートはありません』と言われるのは驚くべきことじゃないか? 舞台裏にはアランがいた。彼は92年にも僕の参戦を中止させようと画策していたが、僕の契約が盤石だったため手を出せなかった」


「しかし93年に関してはルノーもエルフも、そこから予算を得ていたフランクも、アランの方を選んだ。そんな状況で僕が抵抗できることなんて、ないよね。当然ながら不可能だったよ」

1991年モナコGP。セナとの間には互いにリスペクトがあった。
1991年モナコGP。セナとの間には互いにリスペクトがあった。

1995年、マンセルはウイリアムズを離れ“宿敵”マクラーレンに移籍。
1995年、マンセルはウイリアムズを離れ“宿敵”マクラーレンに移籍。


* * * * * *


 ここでは割愛したが、本編ではさらに1994年のウイリアムズ復帰(セナ事故死に伴うピンチヒッター的参戦)と、翌年のマクラーレン移籍の舞台裏についても、マンセル自身が赤裸々に内情と本心を吐露している。そこからはウイリアムズとマクラーレンという、両チームのキャラクターの違いがよく伝わってくる。当時を知るF1ファンならば必読の内容だ。


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『レーシングオンNo.513 特集 マクラーレンvsウイリアムズ』
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(Text:Adam Cooper)




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