今宮雅子氏によるオーストリアGPの焦点。メルセデスのチームメイトふたりによる直接対決は、すっきりしない結末となった。その恩恵もあって2位に浮上したフェルスタッペンは決して幸運だっただけではなく、バトンは予選から頼もしい戦いぶりを貫いた。レッドブルリンクで勝利を争ったふたりと、優勝のチャンスこそなかったが、大切に仕事を積み重ねた、ふたりのレースをクローズアップ。
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最終ラップのターン2。ふたりを接触に導く要素がひとつひとつ積み重なっていったのか、あるいは、いずれにしてもメルセデスのドライバーは一緒にコーナーを抜けることができないのか──。問題は「優勝争いのふたりが最終ラップで接触」という劇的な幕切れのわりに、ファンにとってはいまひとつ感情移入できない、残念な終わり方であったことだ。圧倒的なマシンを手にしたドライバーは、貴重なはずのチャンスを贅沢に浪費しているように映り、チームは彼らを“教育”しようとするあまり、結局、ふたりを子供のまま放置している印象を与えた。
今回に関しては、接触という断面において明らかに非があったのはニコ・ロズベルグのほうだ。イン側にいて、ほとんどターンインしようとしていないのだから、ルイス・ハミルトンが「彼がミスしたか、何か問題があったんだろう」と考えるのも無理はない。ロズベルグにしてみれば“ルイスには何度も押し出された”過去があるのかもしれないけれど、ハミルトンの場合もっと狡猾にコーナーの出口側で“アンダーステア”によってニコを押し出している。自分にはリスクのないかたちで。
他チームのドライバーが相手なら、ロズベルグも、もっとスマートだ。レース序盤10周目にピットインしたあとも、次々にオーバーテイクを披露した。ところがチームメイトを相手にすると、コース上でうまく“対話”できない。ハミルトンがアウト側から切り込んでこないと予想していたなら、それは誤算。今回のレースで5基目のターボチャージャーとMGU-Hを投入したハミルトンは、この先背負うペナルティのことを考えると「もう1ポイントも逃すことはできない」のだ。
パディ・ロウは、ロズベルグのブレーキが摩耗の限界に近づいていて、ブレーキ・バイ・ワイヤがパッシブモードに入ってしまったと説明する。それがハミルトンに最後の攻撃のチャンスを与えたのは、ニコにとって不運なことだった。ただし、もともとはハミルトンがリードしていたレース。最後にターン2で追いつかれることが予測できたなら、手前のDRS検知ポイントでわずかにハミルトンを先行させ、慎重なブレーキで出口重視の姿勢を取ってターン2をクリアし、ハミルトンの真後ろからDRSを使って攻撃する選択肢もあったはず──とても難しい繊細な技が必要になるが、接触のリスクを負うより堅実だ。
これまで一度も、このサーキットで勝てていない理由を、ハミルトンは「ブレーキで奥まで突っ込むタイプの自分のスタイルに向いていないから」と説明した。今年もフリー走行1回目から先行したのはロズベルグ。そのためハミルトンは、チームメイトと自分のデータを徹底的に比較して、負けているコーナーをひとつひとつ克服していったのだという。その甲斐あって、予選Q2以降は逆転。ハミルトンはポールポジションを獲得し、2位ロズベルグはフリー走行3回目でサスペンショントラブルによるクラッシュを喫してギヤボックスを交換していたため、5番手降格のペナルティを背負っていた。
チームメイトが隣にいなければ、ハミルトンもまたスタートで失敗しない。序盤はジェンソン・バトン、キミ・ライコネンに対するリードを保ちつつ、抑えたペースで走り、第1スティントは21周目までステイアウトした。6位からのバトルでタイヤを使ったロズベルグは10周でピットインして2ストップ作戦に切り換えていたが、ハミルトンにはメルセデスが予定していた1ストップ作戦が十分可能に思われた。タイヤ交換後はロズベルグに先行されたものの、彼は2回目のストップのためにリードを築かなくてはならない。
27周目にはセバスチャン・ベッテルのタイヤがバースト、フェラーリがクラッシュしたことによってセーフティカーが出動した。そして再スタートのあと、ロズベルグとハミルトンの間隔は2秒以上には広がらなかった。ハミルトンは、自らのタイヤを労わることだけを考えて走ればいいはずだった。
しかし、そのころメルセデスのピットでは議論が交わされていたに違いない。「ルイスの1ストップ作戦で他のライバルを負かすことは、まったく可能だった」と、パディ・ロウは説明する。「しかし、ニコの2ストップ作戦は我々の予想よりも速かった。そこで我々はルイスにも2ストップ作戦を採用することを決断した」
「ルイスにも勝利のチャンスを与えるために」と、トト・ウォルフも声をそろえた。
2番手とはいえ、11周も“若い”タイヤを履いたハミルトンをピットインさせることが「勝利のチャンスを与える」──? 実際には、手元にソフトがなくスーパーソフトを履いたロズベルグの第3スティントは第2スティントより1秒も速くはなく、ハミルトンがステイアウトしていても安全圏内だったと想像される。ただし、その場合ハミルトンはソフトで第2スティント50周を走破しなければならず、終盤のペースは保証されない。ベッテルのトラブルを見たピレリから、秘密裡に周回数を抑えるようにと伝達があった可能性もある。
ピットに呼ばれたハミルトンは、タイヤはまったく問題がなかったし判断を迷ったものの、最終的にチームの指示に従った。あとから考えると「僕がステイアウトしようとしたなら、おそらくニコもステイアウトしただろう」とも──メルセデスが避けたかったのは、2台がタイヤの寿命にリスクを背負う、そんな状況だ。
ソフトを履いたハミルトンは67周目にロズベルグのDRS圏内に入り、そこから勝負のチャンスをうかがった。最終ラップのターン1でニコがミスをしたのを見逃さず、ターン2への上り坂でチームメイトの前に出た。
ふたりの作戦をそろえたことによって、メルセデスはタイヤとは違うリスクを抱えてしまったのだった。
レッドブルの名を冠したコースで、チームに初表彰台を持ち帰ったフェルスタッペン
Sutton
1ストップ作戦を成功させたマックス・フェルスタッペンは、8番手スタートから序盤のうちに3番手までポジションアップしたことが鍵。その後は自分のペースをつかんでミスを冒さないことに集中した。レッドブルでは1ストップが容易だと予想していなかったが、ドライバーが伝えてくるタイヤのコンディションによって1ストップを決断。メルセデスが速いことはわかっているから引き離されてもあえて追いかけず、後方との間隔を確認しながらタイヤ管理に努めた。終盤、ミラーにライコネンのフェラーリが映ったときには、もちろんスペインGPを思い出した。バルセロナと同様に、最後の10周は摩耗したタイヤで滑りながらもポジションを守った。
「唯一の問題は、あの時より、ずっとすごい勢いで追い上げられたことだった」
そうなったのは、実はライコネンがずっと「1台目のレッドブル」に道を阻まれていたからだ。不可解にペースが上がらないマシンに苦労しながらも、ダニエル・リカルドは押さえるべきところをしっかりと押さえ、フェラーリに楽なレースを許さなかった。それが結果として見事なチームプレーにつながった。
2列目からスタートして、序盤は2位を走行したバトン
LAT
そのリカルドの後方で、6位ゴールを飾ったのはジェンソン・バトン。ミックスウェザーの予選Q3ではインターミディエイトでハミルトンに次ぐ2位のタイムを記録。ドライに交換したあと、乾きつつある路面で最後にチェッカーフラッグを受けて予選5位。レースは3番グリッドから、スタート直後は2位にポジションを上げた。
速いマシンを相手にした序盤はターン3でライコネンに、ターン4でロズベルグに、ターン2でフェルスタッペンにオーバーテイクを許したが、無駄に走行ラインを変えず、並走しても踏ん張るところがバトンらしいレースの楽しさ。セーフティカー出動と同時に2回目のタイヤ交換を行ったチームの判断も完璧で、後半はウイリアムズやハースを相手に戦って競り勝った。
車体的には、マクラーレンに合ったコース。しかし、ストレート速度が重要なレッドブルリンクで、ワークス以外のメルセデス勢やフェラーリ勢に勝てたのはホンダにとっても意味が大きい。フェルナンド・アロンソはレース序盤からバッテリーに問題を抱えて最後はリタイアを余儀なくされたが、1年前には「2台あわせて50グリッド降格」を経験したことを思い出すと、十分に戦えていることがうれしい──まだまだ浮き沈みはあるものの、ドライバーの力、チームの経験がコース上に反映されるところまできたのだ。
フェルスタッペンもバトンも印象的だったのは、抑えるべきところは抑え、攻めるべきところは攻め、自分のレースを大切に戦う姿。彼らが争っていたのは優勝じゃない。でも、チームにとっては2位あるいは6位という結果以上に、ひとつ難関を乗り越えたという気持ちが大切。そんなレースをドライバーが実現したことが頼もしい。
(今宮雅子/Text:Masako Imamiya)