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フェルスタッペン、アロンソ、セナ──F1ドライバーたちの“番外活動”レース史【F1コラム】
2026年2月8日
ベテランモータースポーツジャーナリスト、ピーター・ナイガード氏が、F1で起こるさまざまな出来事、サーキットで目にしたエピソード等について、幅広い知見を反映させて記す連載コラム。今回は、今年のニュルブルクリンク24時間レース参戦の可能性がうわさされるマックス・フェルスタッペンに関連し、現役時代にF1以外のレースで戦ったF1ドライバーたちについてまとめた。
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■現役F1ドライバーの例外的な他カテゴリー参戦
マックス・フェルスタッペンは、2025年シーズン、アゼルバイジャンGPとシンガポールGPの間の週末を、ニュルブルクリンクの伝説的コース、ノルドシュライフェで過ごした。
4度のF1世界王者であるフェルスタッペンは、ニュルブルクリンク耐久シリーズの一戦である4時間レース、ADACバルバロッサプライズに、エミル・フレイ・レーシングからフェラーリ296 GT3で参戦したのだ。
1コーナーで首位に立ったフェルスタッペンは、すぐに約1分のリードを築いた。フェルスタッペンは最初の2スティントを担当し、その後は22歳のチームメイト、クリス・ルルハムが担当し、勝利を飾った。
「F1以外でレースをするのは、僕の趣味なんだ」とフェルスタッペンは説明する。
「ノルドシュライフェでは、1周ごとに特別な体験がある。24時間レースに出場することが僕の夢だ」

近年のF1は24戦を含む過密スケジュールが組まれており、現役F1ドライバーが他カテゴリーに参戦することは、極めてまれである。
最近の例はフェルナンド・アロンソだ。2018年、当時マクラーレンに所属していたフェルナンド・アロンソは、デイトナ24時間レースでこの年をスタートした。ちなみにチームメイトは、2025年F1チャンピオンのランド・ノリスだった。同年後半には、アロンソは、カナダGPとフランスGPの間の週末を利用し、トヨタからル・マン24時間に出場、彼の乗るTS050 HYBRIDがレースを制した。

アロンソは2017年にはモナコGPを欠場し、新設されたアンドレッティ・マクラーレンからインディ500に参戦した。2度のF1世界王者は予選で2列目を獲得したが、決勝では200周中179周を走ったところでエンジントラブルによりリタイアしている。

2015年には、当時フォース・インディアに所属していたニコ・ヒュルケンベルグが、F1のない週末を利用して、初めてル・マン24時間レースに出場した。彼はポルシェのワークスチームから参戦し、ニック・タンディ、アール・バンバーとともに優勝を果たした。

■かつては当たり前だったF1ドライバーのマルチ参戦
1990年代までは、現役F1ドライバーがル・マンに参戦する例は珍しくなかった。1984年にF1デビューを果たしたマーティン・ブランドルは、1990年にはル・マン24時間レースを制した。翌年にはF1に復帰したが、その一方で世界スポーツカー選手権の最初の3戦にも出場している。
1984年にニュルブルクリンクのグランプリ・シュトレッケが開業した際には、同一車種のメルセデス190E 2.3-16による“レース・オブ・チャンピオンズ”が祝賀イベントとして開催された。エントリーリストには世界王者が名を連ね、当時現役F1ドライバーであったニキ・ラウダ、ジョン・ワトソン、アラン・プロスト、エリオ・デ・アンジェリス、ケケ・ロズベルグ、ジャック・ラフィット、アイルトン・セナも含まれていた。F1参戦初年度のセナは、このレースでラウダとカルロス・ロイテマンを抑えて優勝している。

1972年から1982年までF1に参戦し、通算12勝を挙げたロイテマンは、ウイリアムズから参戦して世界選手権3位となった1980年、母国アルゼンチン開催の世界ラリー選手権ラウンドにも出場した。ロイテマンは、フィアット131アバルトでワルター・ロール、ハンヌ・ミッコラに次ぐ3位に入っている。
マリオ・アンドレッティは、1978年にロータスでF1世界選手権を制したシーズンに、多忙を極めていた。F1の16戦に加え、アメリカのUSACの8戦にも参戦していたのである。
1979年と1980年、BMWはM1を用いたサポートレースを複数のグランプリで開催した。レギュラードライバーに加え、金曜プラクティスで最速だったF1ドライバーたちが、いわゆるプロカー・シリーズに参戦。このシリーズでは両年ともF1ドライバーが王者となり、1979年はニキ・ラウダ、1980年はネルソン・ピケがタイトルを獲得している。
イギリス人のビック・エルフォードは、モータースポーツ史上でも屈指の万能ドライバーの一人だ。1968年フランスGPのF1デビュー戦で4位に入り、その後シーズンを通してクーパーBRMをドライブした。同年1月にはポルシェ911でモンテカルロ・ラリーを走り優勝。翌週には再びポルシェに乗り、今度は907プロトタイプでデイトナ24時間レースに出場し、勝利を飾った。その後も同年中にシチリア(タルガ・フローリオ)とニュルブルクリンクで開催された世界スポーツカー選手権で勝利を挙げている。
1970年代半ばまでは、F1世界選手権が約15戦で構成されていたため、多くのF1ドライバーがスポーツカー、ツーリングカー、F2にも参戦していた。
■F1離脱期間を生かした多彩な挑戦
近年では、ドライバーたちが、一定期間F1から離れて、他の選手権やレースに参戦する例が見られる。キミ・ライコネンは2009年にフェラーリでF1に参戦していたが、その合間を縫ってフィンランドのWRCラリーにフィアット・プントで出場した。2010年から2011年にはF1を一時休養し、世界ラリー選手権への参戦に加え、アメリカのNASCARシリーズにも数戦出場している。
フェルナンド・アロンソは2019年から2020年にF1から離れ、その間にインディ500、IMSA(2019年デイトナ優勝)、ル・マン24時間(2019年優勝)、WEC世界耐久選手権(2018-2019年世界王者)に参戦した。またダカール・ラリーにも挑戦し、2020年大会では13位で完走している。

ケビン・マグヌッセンは、2021年のF1休養期間を利用して、アメリカのIMSAシリーズにフル参戦し、インディカーにも1戦出場した。さらに、父ヤンとともにル・マンを走るという夢も実現させた。マグヌッセンは2022年にF1へ復帰した後も、シーズン終了後にアブダビで開催されたGTカーによる12時間レースに参戦し、父ヤンらと組んで7位でフィニッシュしている。
(Text : Peter Nygaard)
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| 3/6(金) | フリー走行1回目 | 10:30〜11:30 |
| フリー走行2回目 | 14:00〜15:00 | |
| 3/7(土) | フリー走行3回目 | 10:30〜11:30 |
| 予選 | 14:00〜 | |
| 3/8(日) | 決勝 | 13:00〜 |
| 1位 | ランド・ノリス | 423 |
| 2位 | マックス・フェルスタッペン | 421 |
| 3位 | オスカー・ピアストリ | 410 |
| 4位 | ジョージ・ラッセル | 319 |
| 5位 | シャルル・ルクレール | 242 |
| 6位 | ルイス・ハミルトン | 156 |
| 7位 | アンドレア・キミ・アントネッリ | 150 |
| 8位 | アレクサンダー・アルボン | 73 |
| 9位 | カルロス・サインツ | 64 |
| 10位 | フェルナンド・アロンソ | 56 |
| 1位 | マクラーレン・フォーミュラ1チーム | 833 |
| 2位 | メルセデス-AMG・ペトロナス・フォーミュラ1チーム | 469 |
| 3位 | オラクル・レッドブル・レーシング | 451 |
| 4位 | スクーデリア・フェラーリHP | 398 |
| 5位 | アトラシアン・ウイリアムズ・レーシング | 137 |
| 6位 | ビザ・キャッシュアップ・レーシングブルズF1チーム | 92 |
| 7位 | アストンマーティン・アラムコ・フォーミュラ1チーム | 89 |
| 8位 | マネーグラム・ハースF1チーム | 79 |
| 9位 | ステークF1チーム・キック・ザウバー | 70 |
| 10位 | BWTアルピーヌF1チーム | 22 |


