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「正直、楽しみよりも不安や苦しい思いのほうが多かった」。F1日本GPで山本尚貴が味わった衝撃

2019年10月17日

 10月11日午前10時。長きに渡り止まっていた、日本人F1ドライバーの歴史がふたたび動き出した。トロロッソSTR14のシートに深く身を沈めた山本尚貴は、フリープラクティス1開始と同時にコースイン。ミディアムタイヤで走行し、14周目に1分33秒843というタイムを刻んだ。


 その後、タイヤをソフトに履き替え、計測1周目に1分32秒018を記録。90分30ラップの走行のなかで、17周目に記したそのタイムがベストラップとなった。一方、同じマシンを駆ったダニール・クビアトは、序盤ソフトタイヤで1分33秒031を記し、その後ミディアムタイヤで1分31秒920を記録。山本のタイムを0秒098上回った。


 初めて乗ったF1で経験豊富なクビアトのコンマ1秒落ち。山本のF1初挑戦は成功裏に終わった。得意な鈴鹿だったことを考慮しても、事前のテストもなく臨み、クビアトに匹敵するタイムを刻んだことは素晴らしい。


 チーム関係者、海外メディア、そして鈴鹿を訪れていた多くのスーパーフォーミュラのドライバーたちも、山本の走りとタイムを高く評価していた。現在、山本とタイトルを争っているニック・キャシディは「ナオキが成し遂げたことを誇りに思う。彼がスーパーフォーミュラのレベルを世界に知らしめてくれた」とライバルを称賛。


 牧野任祐は「フリープラクティス1だけでも見に来て本当に良かった。尚貴さんからすごい刺激を受けました」と目を輝かせた。

■初走行の手応えと評価

「初めての走行だったので、まずはグリップが高く温度レンジにも入れやすいソフトタイヤで走ったほうが良いのではないかとチームに提案されました。でも、後に残るのはタイムとリザルトなので、最後にいい条件になったときにタイムを出しやすいソフトタイヤを入れたいという気持ちが勝り、逆のパターンをリクエストしました」


 フリープラクティス1を走り終えた山本は、相当な覚悟でセッションに臨んでいたことを告白した。限られた時間でクルマを壊すことなく、いかに良いタイムを刻めるか。練習走行ではあったが、山本にとってはスーパーフォーミュラの予選アタックと同じか、それ以上の緊張感を伴う挑戦だった。


「ミディアムで連続周回し、クルマに慣れてきたころにはヒートアップしたのでピットに入りました。そこでソフトのニュー(タイヤ)に履き替えましたが、初めて履くタイヤだったので一体どれくらいグリップするのか分からない」


「でも、ちゃんとタイムを出す機会は1回しかなかったから、そこにかけるしかなかった。とにかく、その1発に集中してタイムを出しに行きました。終わってからまだ全然行けたと気づいたし、少し悔しかったですね」


「走りだけでいったら、その後の3ラン目のほうが良かったけれど、タイヤが落ちていたのでタイムを上げられませんでした」


 初めて履くソフトタイヤで、計測1周目にタイムを出しに行く。それは、背水の陣ともいえるアタックだった。


「1番驚いたのはパワーです。ピットレーンリミッターを解除して加速をしたら、体がシートにめり込んだ。どこに飛んでいくか分からないから最初は全開にできなくて、乗りこなせないかもしれないとさえ思いました。でも、行くしかないと踏んでいったら、すぐに慣れました」


「分かりやすく言うと、スーパーフォーミュラのエンジンをふたつ積んで走っているみたいな感じ。それくらい、衝撃的なパワーでした」


 未知なるパワーに驚愕した山本だが、それをわずか数周で乗りこなしたのは、さすがスーパーフォーミュラ王者である。


「パワーと、直線スピードが圧倒的に速いこと以外は、むしろスーパーフォーミュラのほうがすごいかもしれないですね。ダウンフォースはF1のほうがあるけれど、タイヤのグリップは圧倒的にヨコハマのほうが高い」


「だからコーナーは速いし、ブレーキも本当はもっと行けるんだろうけど、タイヤがすぐにロックしてしまうので、そんなに減速Gがきついとは思わなかった。スーパーフォーミュラはタイヤが速さにつながっているのだとあらためて思いました」


 走行中の無線で、山本はエンジニアに強いアンダーステアを訴えていた。実際、S字の2個目、3個目で我慢をして走っているようにも見えた。


「アンダーが強くS字ではコーナーからこぼれそうでした。2コーナーで少しアンダーが出て、S字のひとつ目で増え、2つ目はもっとアングルがつくのでバッと瞬間的に出るような感覚で、どこまで信用していいのか正直分からなかったですね」


 一方で、シケインなど低速コーナーではリヤのグリップが足らなかったようだ。ベストタイムが出たラップも、シケインの進入ではカウンターステアを切ってターンインした。


 そして、そのハンドリング傾向に関してはフリープラクティス2でステアリングを受け継いだピエール・ガスリーもまったく同じ評価で、良くも悪くも山本のフィードバックの正確性が証明された。


 かつてスーパーフォーミュラでチームメイトだった時代、山本とガスリーのセットアップは正反対だった。ガスリーはアンダーステアを好み、山本は嫌った。ややオーバーステアなクルマでも乗りこなせたといったほうが正確かもしれない。

F1マシンでの初走行をクラッシュや大きなトラブルもなく終えた山本。リザルトは同じチームのダニール・クビアトからコンマ1秒差、全体の17番手だった。自分の役割を理解したうえでマシンのセットアップに貢献してみせた
F1マシンでの初走行をクラッシュや大きなトラブルもなく終えた山本。リザルトは同じチームのダニール・クビアトからコンマ1秒差、全体の17番手だった。自分の役割を理解したうえでマシンのセットアップに貢献してみせた


 そのガスリーでさえも強いアンダーを感じるバランスだったということは、山本にとっては相当厳しいハンドリングだったに違いない。もし乗り始めから山本の好みに合ったセッティングだったとしたら、さらに良いタイムが刻まれていたことは想像に難くない。


「アンダーが出るのはまだ良いとしても、それにより前輪の温度が上がってしまうことが大きな問題で、F1だとコーナーとコーナーの間も短くなるから冷却の時間も短くなる。とくにS字で1度ヒートアップさせてしまうとその後もずっとグリップが落ちてしまうというのが、良く分かりました」


 初めてのF1、初めてのタイヤ、好みと正反対のハンドリング。多くのマイナス要因を抱えながらの走行だったにも関わらず、クビアトに匹敵するタイムを出したからこそ、チームは山本を高く評価したのだろう。


 レッドブルのクリスチャン・ホーナー代表が「タイムは評価するが、我々の基準は満たしていない」と述べたという記事を見たが、それとは逆のポジティブな評価も彼に近い人間を通して耳にした。一体、何が真実なのだろうか?


「良い仕事をしたとは言われましたが、実際はコンマ1秒という差ではなかったと自分では思っています。もっとやれることはいっぱいあったので、正直いまは悔しい気持ちが湧いてきています」


「それでも、クルマをフリープラクティス2に向けて残しておくことが何よりも重要だったし、ピエールと自分のフィードバックが同じだったのは、チームにとっても良かったと思います」

■山本尚貴がF1で走った価値

 走行後山本は多くの国内外メデイアに囲まれ、笑顔でファンとの交流を楽しんだ。しかし、ここに至るまでに相当な葛藤の日々を過ごしたようだ。


「正直、楽しみよりも不安や苦しい思いのほうが多かったですね。自分が乗ることに対する批判的な意見も自然に入ってきました。また、もしぶつけたり、周りよりも全然遅かったとしたら『日本でチャンピオンをとってもこの程度か』とレッテルを貼られてしまう」


「そうなると、次にチャンピオンをとった人にチャンスは絶対に巡ってこなくなってしまうと思っていました」


 F1初ドライブを成功させた山本には、今後さらなる大きなチャンスが訪れるかもしれない。もし、チームからサードドライバーとして来季全戦に帯同して欲しいと依頼されたら、山本はどうするのだろうか?


「その質問に対する答えは、いまはまだ言わないでおきます。ただ、自分はレーサーなので、レースをしたい。どんな立場でもF1にしがみつくべきなのかもしれないけど、僕はあくまでもレースがしたいし、勝負をしたいんです」


「もしそういう土俵に立てないのであれば、上がれる土俵に立ちたいという思いもある一方で、良い条件を得られれば、掴みにいくと思います」


 仮にサードドライバーとなっても、その翌年セカンドに昇格できるという保証はない。しかも、その2年の間に次の世代の若いドライバー達が順調にステップアップしたら、すべてを失う可能性すらある。


「31歳という年齢に関しては、日本で積んだ10年の経験がしっかりとあれば、海外でも通用すると考えているので問題ないと考えています。ただ、レッドブルは若い人にチャンスを与えるという明確なビジョンがあります。そこに自分がそぐわないのであれば違うと思うし、最終的には乗せたいと思う人がどういうビジョンを描いているかによります」


「結果を残した者が次のステップに進めるという道筋を作るのも、今回のチャレンジの目標のひとつでした。もしそれが今回できたのならば、1番の収穫かもしれない。僕が乗れたのだから、日本で戦って成績を残しているドライバーは、絶対にやれます」


 山本は、重い十字架を背負い鈴鹿に臨んだ。しかしその十字架は、次にF1を目指す者たちが進むレールの鋼材となったはずだ。山本のFP1出走は、我々の想像以上に重要な価値を日本のレース界にもたらしたのである。

■チーフレースエンジニアが語る山本の適応能力と課題

 トロロッソでチーフレースエンジニアを務めるジョナンサン・エドルズは「最初から、非常に印象的な走りを披露していた」と山本の走りを評価した。


「我々は山本のドライビングをテレメトリーでチェックしていたが、ブレーキングのグラフもステアリングのグラフも、ダニールとほとんど変わらない。F1のカーボンブーキというのは、温度管理が非常にデリケートで難しい。しかし、彼は1周目から正しく操縦していたし、フィードバックが正確だったことも驚いた。『低速コーナーでアンダーステアがひどい』と言っていたが、それはダニールも訴えていた症状だ。我々は途中で空力のバランスを変更したが、それはピエールの助けにもなった」


 一方でエドルズは課題も口にしていた。


「山本とダニールとではタイヤのプログラムを分けた。山本はベストをソフトで叩き出したが、ダニールはミディアムだ。つまり、ふたりの間にはコンマ1秒以上の差があったと考えていいだろう」


 そして、最後にこう語った。


「もうひとつ気になったのは、低速コーナーでのドライビングだ。現在のF1マシンは低速コーナーでブレーキを強く踏みながらターンインしようとすると簡単にフロントがロックアップする。山本が最初の数周で苦しんでいたのはそのドライビングにも理由があった」


「だが、データを彼に見せ、修正するように指示したら、すぐに対応していたよ。もし、週末をとおして走らせていたら、レースを走るころには、完璧に乗りこなしていたと思う。F1初走行としては、いい仕事をしたことは間違いない」




(Keisuke Koga / Masahiro Owari)


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