シンガポールGP予選日のパドックは異様な雰囲気に包まれていた。隣国インドネシアのスマトラ島から流れてくるヘイズ(煙霧)のせいばかりではない。最大の理由は、初日フリー走行でルイス・ハミルトン4位、ニコ・ロズベルグ7位と沈んだメルセデスが、土曜日のフリー走行になってもハミルトン5位、ロズベルグ6位と低迷したまま、予選を迎えようとしていたからだった。
フリー走行3回目でダニール・クビアトがトップタイムを叩き出したレッドブル、あるエンジニアに予選に向けた抱負を聞くと「ここまで、うまくいっていることは間違いないけど、予選は2列目が順当だろう」と語っていた。しかし、この時点でレッドブルがライバルとして見ていたのはメルセデスではなく、フェラーリに移っていた。すでにメルセデス予選前の段階で、今季初めてポールポジションを逃すだけでなく、フロントロウにすら残れないとみなされていたのだ。そして実際にメルセデスがフロントロウを逃すのは、2014年の第8戦オーストリアGP以来、24戦ぶりの珍事だ。
メルセデス失速の理由は、まだ明確になっていないが、シンガポール市街地サーキットでメルセデスの2台がセットアップに苦しんでいることは間違いない。トト・ウォルフは予選直前、次のように証言していた。
「金曜日の深夜に2台とも大幅にセットアップを変えたが、土曜日のフリー走行3回目で、それが悪い方向へいってしまっていた」
F1チームがセットアップに苦しむことは珍しくないが、メルセデスはシンガポール市街地コースに似た特性を持つモナコとハンガロリンクでは、ともにフロントロウを独占するほど速かった。
なぜ今回メルセデスは苦しんでいるのか。フェラーリが前戦イタリアから投入した新仕様のパワーユニットが予選一発の性能を向上させたから、という説もある。しかし、シンガポールはパワーユニットの寄与率が小さく、それだけではルノーを搭載するレッドブル勢がメルセデスを上回った説明がつかない。
ひとつ考えられるのは、イタリアGPから変更されたタイヤの内圧とキャンバーが、メルセデスに予想以上の影響を与えているのではないかというものだ。ベルギーGPでのバーストを受けて、ピレリは前戦イタリアGPからこれまでよりもタイヤの最低内圧を高くした。内圧を上げれば、タイヤ表面の設置面積が減り、グリップが低下する。その影響を最も大きく受けたのが、メルセデスなのではないか。キャンバーの変更もストレート区間が多いモンツァより、コーナーが多いシンガポールのほうが影響は大きい。そのことを裏づけているのが、ドライバーのコメントである。
「みんなと同じようにタイヤにスイッチを入れられなかった」(ハミルトン)
「コーナーでまったくグリップがなかった」(ロズベルグ)
メルセデスのテクニカル部門エグゼクティブディレクターのパディ・ロウは「現時点では、今週末のパフォーマンス不足に関する理由を理解できていない」と言う。
終盤フライアウェイ初戦のシンガポールGPは、今シーズンの流れが変わる一戦となるかもしれない。
(尾張正博)