ついに琢磨がやった! インディアナポリスで行われたアメリカGPで、BARホンダチームとともに見事3位を獲得したのだ。今シーズンここまで、あと一歩のところまできながら手が届かずにいたが、ようやく初表彰台を勝ち取り、初めてのシャンパンシャワーをミハエル・シューマッハーから浴びた。
1990年日本GPで鈴木亜久里が3位を獲得して以来、F1史上、日本人として2人目の表彰台であった。
レース終了後、琢磨は生き生きと語った。「F1で表彰台に上がるのは最高の気分だ。でも、これがゴールじゃない。僕にとってはこれからが始まりなんだ」
「今週末は全てがうまくいったし、接近戦もオーバーテイクもたくさんあった。もう、最高だったよ」
琢磨は金曜日のフリー走行でマッサとの接触というアクシデントのためかなりの走行時間を失ったが、土曜日には挽回して予選3位を獲得、チームメイトのジェンソン・バトンを従え、フェラーリのルーベンス・バリチェロとシューマッハーに続くグリッド2列目をゲットした。
スタート直後、ルノーのフェルナンド・アロンソがいつものロケットスタートを決め、琢磨は4番手に後退する。
「アロンソがあんな後ろから来るなんてね!」と琢磨。「スタートは厳しかった。ミハエルもルーベンスもスタートが良くて、しかもターン1はタフだから」
ターン1は、後続車がもつれて、クラッシュを引き起こしたためにセーフティーカーが入った。更にアロンソはクラッシュの破片を拾ってしまう事になり、さらにレースは難しい状況に。アロンソがクラッシュしていたことによってその次にラルフがバンクコーナーで大事故を引き起こすまでの間、琢磨は3位に浮上していた。
「フェルナンドの右リアタイヤがパンクしたのは分かったんだ。だからラルフのアクシデントで二度目のセーフティーカーが入ったときにはスピードをかなり下げたんだ。ルールでもあるしね。チームは無線で燃料をセーブするように言ってきた。バンクのところに差し掛かるとコース上にたくさん破片が散らばっていて、ラルフの乗ったマシンがコースの真ん中に止まっているのが見えた。その時僕が先頭だったので、破片を拾わないように注意を払い、事故現場の近くはグッとスピードを落とさざるを得なかった。ラルフのことが心配だったよ」
BARの2台を除き、フェラーリを含む他のドライバーたちはピットインして給油を行ったが、琢磨がラルフの事故によりスピードを緩めていたため、リスタートの時点で、シューマッハーに続く2位となった。「あれだけ大きな事故だったから、スピードを落とすしかなかった。それでフェラーリの1台に先に行かれてしまった。でも再スタートの後はうまくいって、それから1回目のピットに向かったんだ」
そのピットストップの後、当然ながら集団の後方につくことになった琢磨だが、デイビッド・クルサードとサイドbyサイドの攻防戦を繰り広げたり、トヨタのオリビエ・パニスの厳しいブロックをかわし、イン側のぎりぎりのスペースに飛び込むなど、彼のこれまでのキャリアを通して今や有名となっているレーシングスピリットを見せつけた。
「何人もオーバーテイクしなきゃいけなかったけど、バトルは楽しかった。ロングランでもマシンが一定して良かったのも嬉しかった。ミシュランはものすごくグリップがあるけれど数周しか続かないので、それに対処するのが難しいんだ。今回は、今までとちょっとだけ違うアプローチでセットアップしたら、レースの間ずっと全速で攻められるほど、マシンがすごく安定した」