「プランAでいくぞ」
「どういう意味か分からないよ! 周りと同じ戦略で行ってもしょうがないじゃないか。本気で聞くけど、プランBかプランCにしたほうが良いんじゃないのか!?」
33周目、2度目のピットストップを前にアロンソもやや苛立っていた。しかし結局ソフトタイヤを履いて“プランA“、つまり定石の2ストップ作戦のままでいくことになった。
マクラーレンがハースの作戦“読み”ミスに気づいたのはしばらく経ってからだった。最後尾から追い上げアロンソの背後まで迫ってきたバトンに、レースエンジニアのトム・スタラードが言った。
「グロージャンはフェルナンドの5秒前だ。彼はレースの最後までいくようだ」
そしてアロンソは、レースエンジニアのマーク・テンプルからの指示を、「今さら何を言ってるんだ!」と言わんばかりに皮肉を込めて笑い飛ばした。
「最後まで力強いペースを維持してくれ。RGは18周オールドのタイヤで走っている。最後にペースが落ちてくるかもしれない」
「ハハハハハ!」
快走するバトンと、タイヤのタレに苦しむアロンソ。すでに入賞の望みがなくなったアロンソには、ファステストラップを狙うことくらいしか希望はなかった。
「あと3周だ。ピットインしたければしても構わないぞ」
「BOX!」
「フェルナンドにオプションタイヤを用意。フロントウイングを3ターン上げる」
このタイヤ交換とフロントフラップ調整で、アロンソは1分25秒340のファステストラップを記録した。しかしそれは自己満足でしかなかった。
一方でバトンは11位グロージャンに0.551秒差まで迫って12位でフィニッシュ。1周目の後退がなければ、入賞も見えたレースだった。
「よくやった、ジェンソン。最悪のスタートの後で良いレースができた」
「あぁ、最後は良いレースだったね。10位からは何秒遅れだった?」
「12.5秒だ」
「う〜ん、それは(追い付くことが)可能だったかもしれないね」
来季の休養を発表した翌日のレースで、バトンは「とても楽しめた。僕のベストレースのひとつ」という快走を見せた。その表情には、レースを心から楽しんだ者の喜びが溢れていた。
(米家峰起/Text:Mineoki Yoneya)