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幻となったミナルディ。格が違ったフェラーリ。2012年のロータス。タキ井上の記憶に残るF1マシン10選(3)

2022年8月15日

 1994年の日本GPでF1デビューを果たし、1995年には日本人4人目のフルタイムF1ドライバーとなった“タキ井上”こと井上隆智穂。そんなタキ井上の記憶に残ったF1マシン10台を全3回に分けてお届けする。最終回となる第3回目は、実戦ではないものの、デモランやテスト、企画などでタキ井上が自らステアリングを握り、格の違いやF1の現実、そして時代の移り変わりを感じたF1マシンについて語ってもらった。


* * * * * * * *

■フェラーリ412T2/フェラーリ 044/1 3.0 V12

 1995年にゲルハルト・ベルガーが乗ったフェラーリ412T2ですね。日本におけるフェラーリの販売代理店であるコーンズが所有していた車両があったのですが、1998年か1999年にフェラーリF50の発表会に合わせて、鈴鹿サーキットでデモンストレーションランの機会を与えられました。


 3周くらいはしたかな。「こんなに乗りやすいんだ。とくにギアが良かったな。僕はコイツと同じ舞台に立っていたのか? これじゃあ勝負にさえならない。こんな良いクルマに歯が立つわけねーな」と、ピットアウトしてすぐに思いました。


 もちろん、すでに現役から数年経っていてタイヤも賞味期限切れなのですけれど、これは乗りやすいと思いましたね。これだったら行けるかも分からないと。これこそ僕が乗りたかったF1マシンだと。初めて乗ったメジャーなF1マシンでしたね。やっぱV12エンジンは良いなーと。

1995年F1ドイツGP ゲルハルト・ベルガーの駆るフェラーリ412T2
1995年F1ドイツGP ゲルハルト・ベルガーの駆るフェラーリ412T2

■ミナルディM195B/フォードED2 3.0 V8

 1996年シーズン前にフェラーリのプライベートテストコースであるフィオラノサーキットで、たぶん30周くらい走らせたF1マシンです。


 そもそもミナルディの1995年のクルマ『M195』を1996年仕様に仕立て直しただけでしたね。だってまったくお金が無いミナルディですもん。「なるほど、ひどいクルマだなあ」と自分は思いました。


 カタチも格好悪いし、フットワーク(FA16)のほうがぜんぜん良かった。「ミナルディはこれで戦っていたのか……(汗)」と。自分がミナルディの前で1995年に走れていたのも、「まーなー、そりゃそうだよな」と納得できましたね。

ミナルディM195Bの新車発表に登場した井上隆智穂。しかし、レギュラー参戦は実現せず。
ミナルディM195Bの新車発表に登場した井上隆智穂。しかし、レギュラー参戦は実現せず。


ミナルディは井上隆智穂に替わり、当時23歳の新人ジャンカルロ・フィジケラを起用した(写真は1996年F1モナコGP)
ミナルディは井上隆智穂に替わり、当時23歳の新人ジャンカルロ・フィジケラを起用した(写真は1996年F1モナコGP)

■ロータスE20/ルノー RS27-2012 2.4 V8

 英国テレビ番組トップギアの企画で、2014年にフランスのポールリカールで乗りました。キミ・ライコネンが2012年のアブダビGPで勝った車両ですよね。誰が乗っても、それなりに走らせられるF1マシンだと感じました。


 僕が現役当時のF1マシンというのは、エンジンが1000馬力もあるのにエンジンやシャシーの制御面はまだまだ技術的に未熟だった時代です。でかいウイングがあるだけで、よくもまぁアイツらそんなクルマに乗れるよなという時代でした。

2012年F1アブダビGPを制したキミ・ライコネン(ロータス)
2012年F1アブダビGPを制したキミ・ライコネン(ロータス)


 ところがこのF1マシンは、「これは子供が乗っても同じラップタイムで走れるわ」というくらいに乗りやすいクルマでした。ピットガレージからの発進の際も、「オートローンチはオンにしてあるから、スロットルは踏まないでください」とエンジニアから指示されるわけです。クラッチをすーっと離すだけでOK。逆にスロットルを踏んだらエンストしてしまう。コースインしてようやくスロットルを踏んで、ようやく普通のクルマの操作を受けつけるという具合でした。やっぱりよくできたクルマでしたよ。


 ステアリングは軽いし、切ったぶんだけクルマは曲がるし、なにしろ空力が自分の時代とはぜんぜん違いました。ここは行けないと思うコーナーでも、スロットルをオフにしてはだめ。もっとスロットルを踏めば、ダウンフォースの力で簡単に曲がれる。僕の知っているF1マシンじゃない。と言ってもそれは10年前のクルマだから、いまのF1マシンはもっと簡単なのでしょう。


 もう10年以上前から、サルが乗っても、カバが乗っても、クマが乗っても、きちんと操作すれば同じラップタイムで走れる。大きなタマも必要無ければ、汗をかいて頑張る必要も無い。むしろ、クールに繊細にアクセル操作やブレーキ操作するだけで良い。ゲームと同じ感覚なのかも知れない。僕の知っている1995年までのF1マシンは、コクピットの中で汗をかいて働くというイメージで、ブレーキングもコーナリングも“えいやっ”という感じだったけれど、もはやそういう時代ではないのでしょう。

■タトラ623R(番外編/レスキューカー)

 F1マシンではありませんが、1995年F1ハンガリーGPで消火活動中に見たこともないレスキューカーに跳ね飛ばされました……(汗)。


 記憶に残るという意味では、自分にとっても、世界のF1ファンにとっても、あれが一番インパクトあるできごとかもしれません。僕のもうひとつのF1デビューとも言えるでしょう。


 それにしても、あれはなんなんですかね? いまの時代だったら完全に赤旗(レース中断)でしょう? こっちは身体の痛みに耐えているというのに、セーフティカー(SC)さえ入らず、レースはジャンジャンバリバリ継続していたのですから。


 競技は継続したまま救急車が来て、自分はそれに乗せられてメディカルセンターに搬送されて……いまの時代からしたら信じられないですよね。それはともかく、僕はすぐにブダペスト市内の病院へメディカルヘリコプターで移送されると思っていました。


 しかし、のちにF1レースディレクターとなるチャーリー・ホワイティングがメディカルセンターへ顔を出して、「ごめんタキ。いまメディカルヘリコプターを離陸させるわけにはいかない。離陸させるとなると、それはレース赤旗中断を意味する。だからレース終了まで待ってほしい」と言うのですよ!


「いや、痛いんだけど!」と彼に虚しい抵抗を返したことを憶えています。

1995年F1ハンガリーGPで起きた“事件”。タトラ623Rにはねられた井上はその場にうずくまる。
1995年F1ハンガリーGPで起きた“事件”。タトラ623Rにはねられた井上はその場にうずくまる。


(了)



(Taki Inoue 取材・まとめ:Kojiro Ishii)


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