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新型コロナ禍に揺れた欧州モータースポーツ界。最前線で戦ったレースドクターに聞く現場

2021年1月1日

 2020年シーズン開幕を前にまたたく間に世界中で蔓延し、モータースポーツ界はもちろん、2021年を迎えたいまも世界中に大きな影響を及ぼしている新型コロナウイルス(COVID-19)。そんななか、タイトなスケジュールのなかでのレース開催、そして感染防止策と難しい状況のなか最前線に立ってきたのが、レースドクターだ。F1レッドブル・レーシング、スクーデリア・アルファタウリのチームドクターで、DTMドイツ・ツーリングカー選手権を運営するITR GmbHの専属ドクターであるオーランド・ナーギス医師に、2020年シーズンを振り返ってもらった。


──ナーギス医師が最初に新型コロナウイルスの影響を受けたのはいつ頃でしたか?
ナーギス医師:
スキーのオーストリア代表に帯同して2020年の2月、FISスキー・ワールドカップで中国の延慶へ向かう予定だったが、新型コロナウイルス感染拡大防止のために中止となった。でもその時に『これはすぐにヨーロッパにも感染が広がり、すべての日常生活や社会に多大な影響を与えることは免れない』と直感した。


──モータースポーツ界では、2020年3月のF1オーストラリアGPから関係者に感染者が出たことから、直前で中止になり、大きな影響がありました。あなたはその後、FIA(国際自動車連盟)とどのような行動を起こしましたか?
ナーギス医師:
F1のチームドクターも兼任しているから、まずはFIAの対策会議に出席し、各F1チームごとの医療チームでの対策はもちろんのこと、FIAとして早急に新型コロナウイルスへの対処が必要だとなり、対策チームが組まれた。FIAの医療チームと我々チームドクターらが中心となって、数えきれないほどにビデオ会議が行われ、私もすべてに出席した。


 それから、FIAが関わるすべてのカテゴリーやレースごとに、各国や各地域の開催主催者を交えて、衛生・安全対策コンセプトに関する話し合いが重ねられた。日々変わる状況に、幾度となくその内容も見直され、修正や改良が重ねられたんだ。主催国やその地方行政の条例、コロナに関する条約等も日々変化しているから、それに応じてFIAと我々医療チームを交えた会議が行われ、FIA独自の、安全衛生面での新型コロナウイルス対策のガイドラインが作成されたんだ。

2020年F1開幕戦オーストラリアGP
2020年F1開幕戦オーストラリアGP マクラーレンのホスピタリティに設置された消毒液。各グランプリのパドックでは至るところに消毒液が置かれていた

DTMのグリッド。おなじみのDTMグリッドガールもマスク姿となった。
DTMのグリッド。おなじみのDTMグリッドガールもマスク姿となった。

■現場での戦いと欧州の取り組み

──あなたはF1のチームドクターとして、またDTMの専属ドクターとして、どのようにコロナ対策を築いていかれたのでしょうか?
ナーギス医師:
レッドブルとアルファタウリをかけもちするチームドクターとして従事している一方、今季はITRからの要請で、私を含めて3名のドクターで医療チームを結成し、DTM独自のガイドラインの作成にとりかかった。BMWとアウディのチームドクターやデクラ、ハンコック、ボッシュ等のシリーズサプライヤー、各サーキットの主催者やその地区の行政機関、ドイツ政府等、数多くの関連団体とともに、シーズンを通して対策会議を重ねてきた。


──F1のチームドクターを務めるあなたが手掛けたDTMのコロナ対策はFIAを基準としたものなのでしょうか?
ナーギス医師:
私も出席しているFIAの医療チームの会議による基本コンセプトを採用しているが、ITRが主催しているDTMは、世界中にあるレースシリーズのひとつであり、FIAのように世界規模の巨大な組織ではないので、完全に同じようにはいかない。従って、FIAのガイドラインを元に、ITRでは独自のコロナ対策を作成したよ。


 例えば、FIAのガイドラインではチーム全員が同一ホテルに宿泊する等の『ソーシャルバブル』をはじめ、レースウイークには日曜か月曜といつもより早く到着し、水曜日にPCR検査を再度受け、レース後の日曜日にも再検査をするという流れだったのだが、木曜日に搬入、設営をするDTMでは費用面でも現実的ではなかったので、それに代わる策をDTMで導入した。ピットやピットレーン、パドック、プレスカンファレンスにはFFP2マスクの着用を義務づけ(F1では不織布の使い捨てマスクでも可能)、ソーシャルディスタンシングを徹底する、DTMのチーム関係者・ドライバーとメディアやサポートレースの関係者が極力接触しないようなパドックレイアウトを作成する等、極力F1の現場での安全対策に近い状況を確立した。


※注:FFP2マスク:94%のろ過率と8%の内部漏れ率のマスク。SARS、肺ペスト、結核、新型コロナウイルス等に携わる医療従事者が使用する


 また、ITR、BMWとアウディのワークス、ARTとWRTの各プライベーター以外のメディア関係者も毎戦最小限まで減らし、通常でカメラマン5名・ライター5名とし、後半戦で第二波に入ってからは、ライターはゼロとした。例年ではワークスカメラマンの数は3名〜5名ほどだったが、それも1名へ減らし、ビデオクルーも2名までとしている。セッション中や表彰式等のピットウォールやピットロードの撮影は、ITRとワークスカメラマンのみ許可をした。


──DTMのメディア関係者は、事前に問診票の提出のほか、レースウイークには毎朝決められた時間内にサーキット手前の施設で額で2回と手の平の1回の検温に加え、無観客レースであってもコロナ高リスク国での開催時や、開催市町村のガイドラインでPCR検査結果が求められる場合は、それらを事前に独自が準備しなければいけなかったのですが、ドライバーやチーム関係者にはどんな条件が出されていましたか?
ナーギス医師:
まず、各セクション(自動車メーカー、サプライヤー)に分かれてそれらの医療チームが検温や体調の聞き取り等を行い、その結果を私たちITR医療チームへ報告してもらう。少しでも疑われる体調の変化があった場合は、即座にITR医療チームがPCRテストやアンチゲンテストをして、その上で診察して適切に医療措置や行政や政府のガイドラインの下で専門機関への通知を行う。ドライバーやチームに属するフィジオがマッサージ等の処置を行う場合は、必ずFFP2マスクに防御服、医療用手袋をして行うように徹底指導をしているんだ。アウディは全戦において、独自で専用の仮設トイレと専用のクリーニングスタッフを帯同していた。

BMWドライバーたちのフィジオを務めるアレッシオ・エラとイズラエル・サンチェスのふたり。完全防備で業務にあたった。
DTMでBMWドライバーたちのフィジオを務めるアレッシオ・エラとイズラエル・サンチェスのふたり。完全防備で業務にあたった。

2020年F1第3戦ハンガリーGP
2020年F1第3戦ハンガリーGP 決勝後の記者会見に出席したルイス・ハミルトン(メルセデス)&バルテリ・ボッタス(メルセデス)&マックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)

■レースドクターの2021年予想「かなりのベースが整った」

──非常に厳しいガイドラインやドクターたちの監視の下で開催されていながら、F1やMoto GPをはじめ、ル・マンやスパ24時間等でドライバーや関係者が新型コロナウイルスに感染してしまったのはなぜでしょうか?
ナーギス医師:
我々医療チームや大会関係者はスターティンググリッドやピットロード、パドックでは監視し、マスクやソーシャルディスタンスの指導をしてきたが、全員を常時見ていることはできない。今季はDTMでもFIA同様にミックスゾーンを取り止めて、メディア関係者とドライバーやチーム関係者が直接接触しないようにし、インタビューはオンラインのみにしている。


 F1やMotoGP、ル・マンやスパ24時間等の関係者で、サーキット以外で立ち寄った飲食店や商店でのリスク管理は個人で行わなければならない。たとえレース前にPCR検査で陰性反応が出たとしても安心はできないだろう。また、レースが終わって自宅に戻り、その間にどう過ごすかということも自己責任、自己管理だ。私生活には医療チームも関与できないからね。しかし、F1やMotoGP、DTM等では各自が高い意識をもってリスク管理をしているからだと思うが、世界中で感染者が激増しているなかでも感染率は非常に低く、医療チームとしてはポジティブな印象をもっている。


──ではDTMでは、実際に新型コロナウイルスの感染者(陽性反応)は出たのでしょうか?
ナーギス医師:
開幕戦から毎戦ごとに何度もPCRテストをしているが、幸運なことにチームやドライバー、アウディやBMWのワークス関係者からはシーズンを通してひとりも出ておらず、新型コロナウイルスの感染でレースができなくなった事例は一度もなかった。しかし、一方でDTM関係者からは残念ながら陽性反応が出たこともあった。しかし、適切な処置でクラスターが発生することなく、今季のシーズンを無事に終えることができた。


──2020年は世界中のモータースポーツ界がカレンダーの変更や無観客レースを強いられるなど、大変な一年を過ごしましたが、医師の立場として2021年をどう予測しますか?
ナーギス医師:
おそらく、新型コロナウイルスは収束せず、ほぼ今季と同じような状態だと予測している。しかし、今季はFIAをはじめ、世界中のレースのオーガナイザーや各国の自動車連盟、政府関連機関が、懸命に新型コロナウイルスの感染拡大防止、衛生面の安全管理コンセプトをともに学び、数えきれないほどの会議と行政との話し合いを重ね、実戦の現場の経験を経てかなりのベースが整った。


 それに加え、PCR検査の回数を増やすことはもちろんだが、PCR検査よりも価格の面でかなり抑えられ、テスト結果が出るのも早いアンチゲンテストをさらに活用して、よりスムーズに新シーズンの新たなガイドラインがシーズンオフ中に作成されるだろう。だから来季は通常どおりのカレンダーで開幕できるのではないかと思っている。そして、対策コンセプトや条件が合い、政府や行政機関の許可が下りれば、観客導入も期待できるのではないだろうか。



(Midori Ikenouchi)


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