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【中野信治のF1分析第4戦】衝撃的ファイナルラップを引き起こしたタイヤマネジメントの難しさと奥深さ

2020年8月5日

 3か月遅れながら、ついに始まった2020年のF1シーズン。王者メルセデスに対して、対抗馬最右翼のレッドブル・ホンダはどのような戦いを見せるのか。レースの注目点、そしてドライバーやチームの心理状況やその時の背景を元F1ドライバーで現役チーム監督、さらにはF1中継の解説を務める中野信治氏が深く掘り下げてお伝えする。第4戦のイギリスGPはなんと言ってもレース後半に連続したタイヤアクシデントのインパクトが強烈でした。今回はそのF1マシンのタイヤマネジメントの難しさと、タイヤを労って走るドライビングの難しさを中心にお届けします。


  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆


 まずは今回のレース、最後が衝撃的すぎましたよね(苦笑)。ファイナルラップでトップの(ルイス)ハミルトン(メルセデス)はじめ、レース残り3周でトップ6台のうち3台がタイヤバースト。あのようなドラマは作ろうと思っても作れないくらいです。当然、レース序盤にセーフティカーが入って戦略が変わって、後半のタイヤのライフが厳しくなることは分かっていたとはいえ、今のF1のタイヤマネジメントは本当に難しいのだなということがよくわかりましたね。


 タイヤが持たないとか、単にグリップが落ちてペースが落ちていくとかだけではなくて、レースではああいった形でタイヤがパンクしてしまうリスクもはらんでいるということが、見ている方たちにもはっきりとわかった場面だったと思います。タイヤのマネジメントが、単に速い遅いということ以上に重要だということが、非常に見た目でわかりやすいレースになりましたよね。


 また、チームもドライバーも、あそこまでギリギリのところを攻めていることを改めて思いました。スタート前のドライバーたちのインタビューを聞いていても、1ストップ作戦は「かなりタイトだ」ということを言っていたので、テストの段階でタイヤの減り具合を確認して、おそらくこれくらいラップ数までは大丈夫だろうと計算できますが、その計算から予測したラップ数というのが、おそらく結構ギリギリだったんですよね。


 それがセーフティカーが入ってしまったことにより、みんなが予想していた以上に長いラップを走らなければいけなくなってしまったので、そこでいろいろなドラマが最後に生まれることになりました。


 いわゆるタイヤを持たせられるドライバーと持たせられないドライバーの違いというのは、クルマのセットアップの違いにも要因があります。セットアップを予選向けにしているか決勝向けにしているかというのも多少あると思います。


 僕がF1に参戦していた1年目(プロスト)の頃は予選でチームメイトとかなり差がありましたが、実際には僕はレースセットアップだけに集中していました。なのでレースのペースは毎回悪くなかったんですよね。シーズン途中にヤルノ(トゥルーリ)が来てからもレースペースではほぼ互角か勝っているレースが何度かありました。


 予選を狙うのか、燃料が重くてタイヤマネジメントが重要な決勝重視か、ドライバーとしてはそういった割り切りも必要だと思います。予選に自信がある人は予選重視のセットアップで行ってもいいし、僕は当時のマシンがそもそも自分の走らせ方と合っていなかったというのと、予選セットアップをいろいろな事情があってできなかったこともあって、レースの方に集中して切り替えていました。ですので当時は決勝でのロングラン重視の戦い方になっていました。


 今のF1では予選と決勝、両方でまとまるようなセットアップを作っていくのですけれど、予選向け、決勝向けにしていくセットアップもあるんですよね。ドライバーの好みや特性もありますが、予選は遅いけれども決勝は速い、逆に予選は速いけれども決勝は苦しんでるなというのは、そういう方向性の違いがある可能性もあります。


 そのクルマのセットアップの進め方に加えて、タイヤマネジメントにはドライバーのドライビングが関係してきます。ブレーキの踏み方、スロットルの開け方、ステアリングの切り方、そのすべてをクルマに合わせて動かせることができるドライバーはタイヤに優しいんですよね。


 クルマの動きに逆らってアンダーステアやオーバーステアを消すようなドライビングをしていると、必ずどこかに歪みが来ます。オーバーステアを消そうとして強引にフロントタイヤを使ってタイヤを壊したり(表面のゴムを削って本来のグリップが発揮できなくなる)、アンダーステアを消そうとしてリヤタイヤを酷使すると、今度はリヤタイヤが壊れたりなどの現象が起きてしまいます。


 もともとのドライビングスタイルが、マシンではなくて自分で向きを変えてコントロールする乗り方、強引にクルマの向きを変えるようなドライバーは予選では一発の速さを出せることも多いですが、決勝のロングランでのタイヤマネジメントに関しては逆にネガティブになってしまいます。


 クルマの向きを強引に変えるテクニックがないドライバーは、乗り方はクルマの方に合わせようとしていきます。クルマのセットアップもそうなっていくので、タイヤに対しても優しくなります。でも、かといって、ステアリングの切り方やトラクションの掛け方が丁寧な方が良いかというとそうとも言い切れなくて、運転の仕方はマシンによって変わります。


 ただ丁寧に運転して、クルマが曲がらないからとコーナーでアンダーステアを出していても駄目です。クルマの向きを早めに変えて、早めにアクセルを入れて荷重をかけられると向きも変えられるしフロントタイヤにも優しくなります。そして早めにマシンの向きも変わっているのでトラクションも掛けやすい。タイヤに縦方向に荷重を掛けることができて、横方向に同時にかける荷重が少なくなって、当然タイヤの磨耗も良くなります。


 そのあたりの走らせ方というのは、セットアップ、燃料搭載量、ドライビングスタイルにサーキットのコンディションなど、その時の状況でいろいろな要素がミックスされているのですごく奥が深い。イギリスGPでも最後、ハミルトンよりも先にチームメイトのボッタスのタイヤがバーストしてしまいましたが、ハミルトンは「ボッタスの方がタイヤを酷使していたはずだから、自分は大丈夫だと思っていた」と言っていましたよね。


 それでも、その後にやっぱりハミルトンもタイヤがバーストしてしまうわけで、注意していたハミルトンでさえ、それだけシビアでギリギリなところで走っていたわけです。これはタイヤウェアと言う、『これ以上タイヤの表面のトレッド面のゴムがなくなってしまうとタイヤが剥離してしまう限界点』というのがあるので、ハミルトンのタイヤも結果的にその限界点を超えてしまったというわけです。


 ハミルトンは丁寧に走って、ボッタスよりタイミングを遅らせることができたわけですが、そもそものメルセデスの他のマシンより圧倒的にラップタイムが速かったですし、ラップタイムが速いから、いくら丁寧に走っていてもタイヤは減っていきます。そのハミルトンの限界点があのファイナルラップだったということですよね。

2020年F1第4戦イギリスGP 左フロントタイヤがバーストしたルイス・ハミルトン
左フロントタイヤがバーストしたまたトップチェッカーを受けたハミルトン。タイヤはトレッド面の剥離が見られる


■シルバーストンでの走行を難しくさせる風とF1マシンのダウンフォース


 また、今回のレースは風がキーポイントになったとも思います。もともと飛行場だったシルバーストンというサーキットの特性上、周りに高い建物がほぼなくて平坦な地形ですので、風が吹くと直接サーキットに吹き込んできます。シルバーストンは平均速度が高くて、コーナリングスピードも速いレイアウトです。


 イタリアのモンツァも平均速度は高いですが、ストレートが長くてスピードが高いけどコーナーはシケインなど低速コーナーがほとんど。対してシルバーストンはストレートがそこまで長くなくて高速コーナーが多いので、ダウンフォースに頼って走るコーナーが非常に多いです。


 ダウンフォースに頼って走るコーナーが多いということは、風向きでマシンのバランスが非常に大きく変わります。特にF1は膨大な力のダウンフォースでマシンを路面に押さえつけているので、その押さえつけている力が、風が吹くことによって増えたり減ったりするわけです。それが瞬間的に起こるので、ドライバーが予期しない動きをクルマがしてしまいます。


 レース中にもキミ・ライコネン(アルファロメオ)が、無線で「後ろが軽いのはどうなっているんだ?」ということを言っていました。ドライバー的にはさっきまで普通のバランスで乗っていたのに、次の周になるといきなりリヤのグリップがなくなってオーバーステアになってしまったのだと思いますが、ベテランのライコネンでさえ、あまりの急な挙動の変化に、もしかしたらタイヤがスローパンクチャーしているだとかマシンが壊れているんじゃないかと不安になってしまのだと思います。


 でも実際には風向きが変わって、アンダーステアがオーバーステアになったり、オーバーステアがアンダーステアになってしまうということがシルバーストンでは起こりやすくて、それがマシンに乗っていると意外にわからないんです。


 ドライバーは風の動きを見た目では旗でしか判断できません。たとえばアメリカのオーバルトラックなんかはコース内にかならず大きな旗があってよく見えます。ドライバーは無線でも風やコンディションの状況を聞きますが、旗を見ながら風が強くなったとか、ここのコーナーは追い風だからアンダーステアが出やすいな、ということをなんとなく予想しながらドライブします。


 F1の場合はコーナーもたくさんあって、今年は無観客で観客のフラッグもないので、その状況がわかりにくい。ドライバーは無線で確認しながら走るんですけれど、とにかくシルバーストンはその変化が凄いんですよ。僕も1999年にジョーダン(現在のレーシングポイントの前身)でF1マシンのテストをしたときに初日と2日目では風向きと強さがまったく違っていて、すごくクルマのバランスが変わって苦労した記憶があります。


 当時はシルバーストンの特性のことがきちんと理解できていなくて、『なんでこんなにクルマのバランスが変わっているんだ?』と、すごく戸惑いました。


 マシンの挙動の変化が極端すぎると、ドライバーはセットアップの違いなのか、それともタイヤの変化なのか、それともクルマ自体の特性なのか、何なんだろうと迷路に入り込んで行っちゃうんですよね。今はマシンにいろいろなセンサーが付いていてデータが豊富にありますし、無線でそういった状況も随時伝えてくれます。


 でも当時は時代が違うといえば違うんですけど、シルバーストーンにはそういう風向きの影響の思い出があります。なので無線を聞いていて『ああ、やっぱりそうだなぁ』と思い出しながら解説をしていましたね(苦笑)。


■まだまだ爪を隠しているメルセデスと、去年からのレッドブル・ホンダの確実な進歩


 それにしても、メルセデスの2台が異常に速かったですね。予選からも、ちょっと異様でした。フリー走行を見ているとそこまでの速さはないように見えたのですが、予選になっていきなり速くなるというのは何らかの仕込みがあったんだと思います(笑)。それがパワーユニットなのか、クルマの他の部分なのかはわからないですけれどね。


 パワーユニットなら15馬力とか20馬力上がらないとあそこまでは速くならないと思いますし、パワーユニット/エンジンのライフの問題もありますので、フリー走行では抑えてくることは考えられますよね。予選の時のあのタイムの上がり方は『あれっ?』という感じですので、まだまだ隠しているものがあるかもしれないですね。


 僕は決勝になればフリー走行に近いところまで戻してくるのだろうから、メルセデスと他車との差は縮まるかと思っていました。たしかに多少は縮まっていたんですけども、まだ差はありましたね(笑)。予選の時のような1秒の差はないにしても、(マックス)フェルスタッペン(レッドブル)とはコンマ5〜6秒はあったので、そこに関してはパワーユニット的にも、まだメルセデスは余裕があるのかなという感じでした。


 もちろん、ホンダのパワーユニットに関しても今後、何かやって来てくれると思いますので、そこに期待したいですね。クルマの方では、今回はダウンフォースサーキットなので、レッドブル的には少し良いかなと思っていたのですが、それ以上にメルセデスが速くなってしまいました。


 それでも、フェルスタッペンも2番手グループのなかではかなり速かったと思います。レーシング・ポイント、ルノー、マクラーレン、フェラーリたちに比べると、レースペースだと1秒ぐらい速かったので、去年のメルセデスの位置くらいにはいたと思います。ですが、今回のメルセデスはさらにレースペースでコンマ5〜6秒、パワーユニットか車体で何かを見つけていますよね。


 ほかに目立ったドライバーでは、ピエール・ガスリー(アルファタウリ・ホンダ)が今回は伸び伸びとレースしていたなという印象です。フリー走行から調子が良さそうでしたね。何度も言いますがモータースポーツはメンタルが重要で、ガスリーは今回乗れているという感じがしました。


 これはクルマが自分に合っているという面もあると思うんですけども、今のアルファタウリのチーム状況も大きいと思います。自分にとってポジティブに周りが動いてくれていて、自分が思った通りに物事を進めていけるというのが彼の自信にもつながっています。そういったことが後押ししてくれているんだなと思います。


 逆に今、その厳しい状況にいるのがレッドブルのアレクサンダー・アルボンです。アルボンもそこまで遅いドライバーではないと思うのですけれど、今回はフリー走行でのクラッシュが大きかったですね。あのクラッシュがなければフェルスタッペンの後ろに僕はアルボンがいて、そのままフィニッシュできていたと思います。


 アルボンはレースの最後も余計にタイヤを変えましたけども、変えた後のペースも素晴らしかったし、あの感じでレースができていれば、おそらくフェルスタッペンからは遅れていたとは思うんですけども、シャルル・ルクレール(フェラーリ)の前でゴールできたのではないかと思います。アルボンは、そういった状況を冷静に処理してコントロールする能力は高いと思いますし、メンタル面の強さもあると思います。


 次の70周年記念グランプリは同じシルバーストンですが、タイヤが一段柔らかいコンパウンドに変わるので、またストーリーは変わってくると思います。タイヤが柔らかくなるので今回のような1ストップ戦略は難しくなる思います。むしろ今回のタイヤで続けて開催したほうが、もしかしたら面白いのかなとも感じますね。やってみないと分からないですけど、どのような変化があるか見ていきたいです。


 あと第4戦ではセルジオ・ペレスの代役で出場したニコ・ヒュルケンベルグ(レーシングポイント)のレースも見てみたかったなと思います。チームメイトのランス・ストロールは、レース中にいろいろとバタバタしていてタイヤが早めに厳しくなるのは予想していた状況だったので(苦笑)、今週末はタイヤの使い方がうまいヒュルケンベルグがどういった走りを見せてくれるのか楽しみですね。


<<プロフィール>>
中野信治(なかの しんじ)

1971年生まれ、大阪出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。現在は鈴鹿サーキットレーシングスクールの副校長にスーパーGT、スーパーフォーミュラで無限チームの監督、そしてF1インターネット中継DAZNの解説を務める。
公式HP https://www.c-shinji.com/
SNS https://twitter.com/shinjinakano24

2020年スーパーGT Red Bull MOTUL MUGEN NSX-GTの中野信治監督
Red Bull MOTUL MUGEN NSX-GTの中野信治監督



(Shinji Nakano まとめ:autosport web)


レース

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フリー走行2回目 結果 / レポート
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予選 結果 / レポート
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5位カルロス・サインツ290
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9位フェルナンド・アロンソ70
10位ピエール・ガスリー42

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5位アストンマーティン・アラムコ・フォーミュラ1チーム94
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