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【中野信治のF1分析第2戦前編】雨のなかで抜き出たふたつの才能。オンボード映像で見えるフェルスタッペンの驚異のセンス

2020年7月15日

 3か月遅れながら、ついに始まった2020年のF1シーズン。王者メルセデスに対して、対抗馬最右翼のレッドブル・ホンダはどのような戦いを見せるのか。レースの注目点、そしてドライバーやチームの心理状況やその時の背景を元F1ドライバーで現役チーム監督、さらにはF1中継の解説を務める中野信治氏が深く掘り下げてお伝えする。第2戦はウエットとなった予選から話題が盛りだくさん。前編と後編に分けてお届けします。


  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆


 今回のF1第2戦、まずはDAZNの中継に解説として出演しなくてご心配をお掛けしたかもしれませんが、1週間後の国内レースの開幕に向けて、それまでに何かあったらいけないですので念のために今回は解説をお休みさせて頂きました。


 DAZNの解説現場は新型コロナの感染防止についての社内規定が厳しくて、解説中もマスクは当然着用で事前のミーティングもインカムを使って別々の部屋で行っていますので、他の方と接触することがそもそもありません。一緒の部屋で解説しているかと思われるかもしれませんが、そうではないのでまったく問題はないのですが、今回は翌週に備えさせて頂きました。


 そのF1第2戦ですが、まずは大雨でウエットコンディションになった予選でドライバーの個性がよく見えましたよね。本当に「F1ドライバー、うまいなあ!」と思って見ていました。


 雨の走行の難しさというのは、いろいろあります。当然、路面のミューがドライコンディションの時より極端に下がってグリップしない感覚になります。ブレーキングではタイヤがすぐにロックして止まらないし、アクセルを踏めばトラクションが掛からなくなり、リヤタイヤが空転してしまいます。


 特にF1マシンはハイパワーなのにトラクションコントロールがないわけですから、雨の中ではアクセルコントロール、スロットルコントロールが非常に難しくなります。


 コース上を走っていてもアクアプレーニング、タイヤの溝の排水能力の限界を越えてしまう状況になるとクルマがまっすぐに走らなくなります。そういった非常に難しい状況のなかのドライビングになるので、ステアリング操作、ブレーキング、アクセルワークにシフトアップ、ドライバーのすべての動作に繊細さが求められます。


 さらにコース上の走行ライン、ライン取りもドライコンディションの時とはまったく変わってきます。縁石やホワイトラインはまたミューが極端に変わって滑りやすくなるので避けなければいけませんので、いろいろな制約が出てきます。


 もちろん、視界も悪くなりますので、雨の走行、雨の予選のアタックは普段のドライのアタックとはまったく異なったテクニックが必要とされます。


 また、雨の走行ではすぐにタイヤが冷えてしまうので、タイヤを冷やさないように常にプッシュし続けるのが基本になります。今のF1ではひとつふたつのコーナーなら前との間隔を開けるために速度を遅らせても大丈夫だと思いますが、どのウエットタイヤにもグリップが機能する温度領域がありますので、その領域の最低温度から落ちないようにタイヤ温度をキープしないといけません。


 今回の予選では数周走ったウエットタイヤを履き替えて新品のウエットタイヤでアタックするシーンも見られましたが、あれだけの雨の量ならニュータイヤとユーズドでグリップがそこまで変わることはないと思いますね。


 もちろん、僕があのタイヤを装着して雨の中を走ったわけではないですが、そもそもF1のウエットタイヤはレースで長いディタンスを走るためのタイヤでもありますし、あの予選の雨の量だと僕はそこまでニュータイヤのマージンがすぐにあるとは思えません。もちろん、ニュータイヤの方がタイヤ表面のブロックの角が使えるので、雨の量が減ってきてタイヤのグリップのおいしいところが落ちてくる状況なら、1〜2周で速いタイムを出すためにニュータイヤに換えた方がいい場合もありますけどね。


 今回の予選ではアタックのライン取りも興味深かったですよね。縁石を使わないようにコーナーの入口から出口をミドルーミドルで攻めたり、アウトから入って極端にインに入ったり、アウトーアウト、またはアウトーミドルで攻めたり、ドライの場合はラインはほぼひとつに収束していきますが、雨はドライバーの個性とか走らせ方の違いがよく表現されます。

■早くクルマの向きを変えるフェルスタッペンと、見本のようなハミルトンのドライビング

 ドライバーとしてはクルマの特性、セットアップの特性を考慮して、視覚では路面の水は分かりづらいのであとは路面の感触を感覚でラインを選びます。


 アウト側のバンク角が高くて雨量が少なくなっているところや、イン側で近道した方が速いとか、アウト側を通ってコーナーのR(角度)を緩くした方が速く走れるとか、ドライのゴムが乗ったレコードライン上は、雨が降ったときはそのラバーグリップが滑りやすくなるので外して走ったり、路面状況、雨量によって本当にいろいろ走り方は変わってくるので、その都度、ドライバーはベストなラインを探りながらの走行になります。


 そういった点で今回の予選を見て、オンボード映像がとにかく興味深かったですね。各ドライバー、それぞれ本当にいろいろな技を駆使してあの雨の中でマシンを走らせているというのが見えました。ご覧になられたみなさんも、いろいろな発見があったのではないでしょうか。


 その個性とうまさが如実に出る雨の予選で、やはりマックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)の走らせ方は絶妙でした。ホイールスピンを若干させながらも、ショートシフトにしてギヤを上げていくタイミングもそうですが、コーナーでクルマの向きを早く変えるのがフェルスタッペンはとにかくうまくて、そこで早くタテ方向でトラクションを掛けようとして、その運転の工夫の仕方はもうセンスとしか言いようがないですね。


 ライン取りもフェルスタッペンは他のドライバーとは違いましたが、フェルスタッペンの瞬間的にリヤが出た(滑った)時の反応の早さ、あの感覚はちょっと他のドライバーとは別格でした。もちろん、ルイス(ハミルトン)も雨ではすごい部分がありましたし、このふたりはちょっと抜けていましたね。


 結果的にフェルスタッペンは最後のアタックでスピンして2番手になりましたが、1.2秒差でポールポジションを獲得したハミルトンは、やはり彼のドライバーとしての能力の高さを見せつけましたよね。
 
 予選Q3は後半になるにつれて雨が強くなっていくなか、普通のドライバーなら雨量が増えたらちょっと手堅く走るのですが、ハミルトンのすごいところは、路面で雨量の少ない部分を見極めながらどんどん攻めていくところです。そしてその最後のアタックは、あまりにも上手すぎました。


 もちろんメルセデスのクルマの良さというのもありますが、そのクルマのパフォーマンスの高さを置いておいても、ハミルトンのクルマの限界を引き出すような走らせ方、ブレーキを踏むタイミング、ステアリングを切ってクルマの向きを変えるタイミングが、「このようにクルマを走らせたら速く走れます」という見本のようでした。


 見本というと簡単なように聞こえるかもしれませんが、もちろん、ハミルトンのような走らせ方は、あの雨の中では簡単なことではありません。「これができたらすごいよな」という理想のドライビングを体現しているのが、ハミルトンの最後のアタックでした。


 イメージとしてはコーナーに向けてスピードを止めてから曲げるようなところを、ハミルトンはブレーキを残しながらマシンの向きを変えてカートのようなイメージで乗る。あのような走らせ方は、おそらくフェルスタッペンがメルセデスのマシンに乗ってもできるでしょうが、今はハミルトンにしかできない。いずれにしても、あの雨の予選ではやはりこのふたりが抜けているなあというのがオンボード映像を見て思いましたし、タイム的にも驚かされましたね。

2020年F1第2戦予選でマルコ氏と話すマックス・フェルスタッペン
2020年F1第2戦予選でマルコ氏と話すマックス・フェルスタッペン


※後編:「決勝のミディアムタイヤで見えたメルセデスとレッドブルの差。ハミルトンの才能近い若手F1ドライバー。FIA-F2角田裕毅のポテンシャル」につづく


<<プロフィール>>
中野信治(なかの しんじ)
1971年生まれ、大阪出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。現在は鈴鹿サーキットレーシングスクールの副校長にスーパーGT、スーパーフォーミュラで無限チームの監督、そしてF1インターネット中継DAZNの解説を務める。
公式HP https://www.c-shinji.com/
SNS https://twitter.com/shinjinakano24

2019年からTEAM MUGENの指揮を執る中野信治監督
2019年からTEAM MUGENの指揮を執る中野信治監督



(Shiniji Nakano/まとめ:autosport web)


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