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ウイリアムズF1の新スポンサーROKiT代表は元タイヤエンジニア。40年間の数奇な運命に「夢が叶った」
2019年2月13日
新たにウイリアムズF1チームのスポンサーとなったROKiTは、2019年の契約に向けていくつかのチームからアプローチを受けていたことを明かした。
ウイリアムズは12日、マルティーニに代わる新たなタイトルスポンサーであり、新興グローバル通信会社ROKiTにちなんだ新しいカラーリングを発表した。
ROKiTの共同創設者であるジョナサン・ケンドリックは、自社の商品を宣伝できるグローバルな基盤の確保に熱心で、F1は彼にとっての好機でもあるようだ。
ウイリアムズF1の発表会に出席したケンドリックは、「市場における我々の存在を知った3つか4つの他のF1チームから、接触があった」と語った。
「我々がウイリアムズに決定したのは、彼らがイギリスのチームであり、私がイギリス人であり、私の会社がイギリスの会社だからだ」
「今や存在しないティレル、ロータス、BRM、クーパー、ブラバムといった他のチームよりも、ウイリアムズの名前がかなり長くガレージ上に掲げられていることを大変気に入っている。ウイリアムズは、まだ持ちこたえている」
「それが第一の理由だ。もうひとつの理由は率直に言って、ここにいるこの女性、クレア(ウイリアムズ/チーム副代表)だ」
「クレアに会って素晴らしいミーティングを行い、彼女のビジョン、情熱、意欲そして戦略に同意した。そして、私は45分間で契約を決意した」
■ROKiT創設者は元タイヤエンジニア。約40年前にウイリアムズを担当
ケンドリックはまた、ROKiTがF1に関与したことによって、このスポーツに関する彼の記憶が蘇ったと語った。
「私は20歳の時、ウルバーハンプトンでグッドイヤーのタイヤエンジニアをしていた」
「F1向けの全てのグッドイヤーのレースタイヤは、私の生まれたウルバーハンプトンで製造されていた。そして1978年に、彼らはブエノスアイレスの新チームを管理するために私を派遣した」
「極めて印象深いことに、私は(1978年の開幕戦)アルゼンチンGPでアラン・ジョーンズ(当時ウイリアムズ)のタイヤエンジニアだったのだ。そして私は41年後の今、ここでタイトルスポンサーとなった」
「夢が叶ったのだ。私は、ここに座っていることをとても誇りに思っている」
この記事は f1i.com 提供の情報をもとに作成しています
(autosport web)
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1位 | オスカー・ピアストリ | 99 |
2位 | ランド・ノリス | 89 |
3位 | マックス・フェルスタッペン | 87 |
4位 | ジョージ・ラッセル | 73 |
5位 | シャルル・ルクレール | 47 |
6位 | アンドレア・キミ・アントネッリ | 38 |
7位 | ルイス・ハミルトン | 31 |
8位 | アレクサンダー・アルボン | 20 |
9位 | エステバン・オコン | 14 |
10位 | ランス・ストロール | 10 |

1位 | マクラーレン・フォーミュラ1チーム | 188 |
2位 | メルセデス-AMG・ペトロナス・フォーミュラ1チーム | 111 |
3位 | オラクル・レッドブル・レーシング | 89 |
4位 | スクーデリア・フェラーリHP | 78 |
5位 | ウイリアムズ・レーシング | 25 |
6位 | マネーグラム・ハースF1チーム | 20 |
7位 | アストンマーティン・アラムコ・フォーミュラ1チーム | 10 |
8位 | ビザ・キャッシュアップ・レーシングブルズF1チーム | 8 |
9位 | BWTアルピーヌF1チーム | 6 |
10位 | ステークF1チーム・キック・ザウバー | 6 |

