F1ファンがイタリア国歌を聴くのは、2015年シンガポール以来のこと。メルボルンの陽光の下、メカニックたちが口を揃えて“イタリアの兄弟よ、イタリアは目覚めた”と唄うと、それはいっそう鮮やかに力強く響いた。
簡単な勝利ではなかった。しかしメルセデスの不運やセーフティカーに助けられたわけではなく、正面から戦い“勝ち取った”レースだった。セバスチャン・ベッテルの胸に、2015年の3つの勝利より大きな喜びが溢れたのもきっとそのため――。
金曜日は小さなトラブルやセットアップに悩んだ。しかし冬のテストで得た自信を胸に、土曜のFP3では理想のバランスを見出すことに成功した――予選ではルイス・ハミルトンに及ばなかったものの、南極海からの冷たい風が水面を渡ってくるアルバートパークはもともと、フェラーリの1アタックに向かないサーキット。大切なのは、1年前に0.8秒だったタイム差を0.3秒以下まで短縮したことだった。
「レースになれば、僕らは金曜日よりずっといいペースで走れる」期待があったから。
問題は、オーバーテイクが難しくなった今年のマシンで、どうすればメルセデスの前に出ることができるか。最初のチャンスはスタート、それが叶わなければピットストップのタイミング。タイヤの性能低下が大きな昨年までは“アンダーカット”がむやみに多用されたが、考えてみれば健全なレースと言えるものではなかった――マシンの性能があればタイヤ性能を維持することが可能で、ステイアウトという選択にもチャンスがあるべきだったのだ。
17年タイヤの開発に積極的に協力してきたフェラーリは、今シーズンのピレリを理解していた……というより“全チームでデータを共有して平等な開発を行う”ピレリの開発テストにおいて、質・量ともに優れたデータを残してきたのはフェラーリだった。トップ3チームに任せられた大切な仕事を、スクーデリアでは最初から最後まで、セバスチャン・ベッテルとキミ・ライコネンが担当してきた。
一方のメルセデスでは16年シーズンに集中したいニコ・ロズベルグが消極的、ハミルトンはしばしば体調不良を理由にテスト参加をキャンセル、開発テストのほとんどをパスカル・ウェーレーンが担当した。
チーム内でタイトル争いが繰り広げられているのだから、ドライバーとしては“使わない可能性が高いタイヤ”に時間を取られたくないのも理解できる。チームも「レギュラードライバーを」というピレリの要請に応えようとはしなかった。
ピレリに対して批判的だったベッテルは、タイヤメーカーがテストを行なえない今日の環境にも原因があると指摘してきた。それだけに、彼がもっとも熱心に開発テストを行い、本物のレースと同じ入力を行い、優れたデータを大量に残してきたことは想像に難くない。
2月末の新車テストが始まると「今年のタイヤは性能低下が少ない」と、ドライバー全員が言った。でも、開幕2戦のコンパウンドも、メルボルンにウルトラソフトが投入されることも、その2ヵ月前、去年の12月に発表されていた。
スタート直後から思ったようにペースが上がらないハミルトンはベッテルを引き離すことができず、アタックしても必ず応戦してくるフェラーリの速さを感じていた。ベッテルはDRS圏外を走りながらも、絶対に2秒以内の間隔でついて来る。ウルトラソフトのオーバーヒートに悩むハミルトンには、これが限界のペース。
「あのまま走り続ければ、セバスチャンはきっと僕に迫ってきただろう」と、ハミルトンは予想外に苦しくなった第1スティントを振り返った。ピットに入るならきれいな空気で走れるスペースが後方にできてからにしたかったが、滑るマシンとベッテルのペースを考えると、そんな余裕はなかった。トラフィックに呑まれるとわかっていても、17周目にピットインするしかなかったのだ。
メルセデスにとって一縷の望みはベッテルが反応してすぐにピットインしてくること。しかしハミルトンがマックス・フェルスタッペンの後ろでコースに戻った様子を見て、フェラーリはステイアウトを決めた。その間、レッドブルがベッテルより0.8秒遅いペースでハミルトンの行く手を阻んだのは幸運。
もしフェルスタッペンがすぐにタイヤ交換に入ったとしても、ハミルトンが速いペースで飛ばせば追いつく相手はライコネンだったのだから、フェラーリの作戦にリスクはなかった。
17周目という早いピットインを、トト・ウォルフは「板挟みの選択」と言った。フェルスタッペンに抑えられるハミルトンを見て拳でテーブルを叩いたボスの胸中には、どんな思いがあっただろう?
メルボルンという特殊なコース、ウルトラソフトというもっとも軟らかいタイヤ……開幕戦で勝利したからといって、フェラーリがメルセデスを上回ったとは言えない。これで17年シーズンの傾向が決まったわけでもない。ただ、ひとつ言えるのは、ドライバーもメカニックも全員含めて、フェラーリのほうがずっと勝利を渇望していたということだ。
「ルイスについて行けた時点で、僕らにペースがあることはわかった。10周目か12周あたりで彼がプッシュし始めた時には同じペースで走れなかったけれど、引き離されることはなかった」
「いずれにしても何かあるとしたらピットストップ前後で、僕はいろんな事態に対応できるようルイスのすぐ近くを走っていることが必要だった。彼にプレッシャーを与えるため、あるいは、チャンスがあれば早くピットインして彼の前に出るために」
ハミルトンにプレッシャーを与えることに、ベッテルは成功した。フェラーリは、そこまで性能を上げてきた。このペースを維持するため、スクーデリアに必要なのは“勝利の要因”を徹底的に分析し、把握することだ。
空力マシンが戻ってきて、昨年まではライバルの1秒後方で受けた乱気流の影響を、今年は2〜2.5秒後方でも受けるようになった。だからDRS圏内に入ることは難しく、コース上のオーバーテイクも減少した。これが、ドライバーもファンも望んだ“コーナーで速いF1”の現実。
タイヤも去年までのように極端な性能低下を見せることはなく、オーバーテイクに至るだけの性能差を創り出す作戦は難しい。
コース上のバトルが華やかさを取り戻せるか否かはこの先のレースを見守っていかなければならないけれど、タイヤかすが減ったのはひとつのポジティブ要素。レースが進んでも、走行ラインを外してオーバーテイクをしかけることが可能になるかもしれない。
そんなさまざまなプラス要素、マイナス要素を考えるより――どんなかたちでも、レースが素直に楽しめるものであればそれでいい。モノトーンだったF1を赤く染めたフェラーリは、間違いなく、ファンの気持ちを明るくした。ベッテル、開幕戦は大成功である。
Text:Masako Imamiya