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【レースの焦点】特殊な市街地戦の戦略バトル。いかにプレッシャーを与え、ミスを誘うか──

2016年9月20日

 今宮雅子氏によるシンガポールGPのレースの焦点。ニコ・ロズベルグとダニエル・リカルドが見せた、接近戦のトップバトル。戦略違いの2台はどのように相手の攻略を目指したのか。そして、ルイス・ハミルトンはなぜ、この市街地戦で陰を潜めてしまったのか──
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 2時間近いレースを走って、1位ニコ・ロズベルグと2位ダニエル・リカルドの差は0.488秒。シーズン最大のチャンスと狙いを定めたシンガポールで、わずかに届かなかった。

「でも、悔いは残っていない」と、汗にまみれた笑顔で言う。

「やれることはすべてやったと感じているから。完璧なレースだったよ」

 47周目に3度目のタイヤ交換を行った直後に25秒だった2台の間隔は、1周2〜3秒のペースで短縮されていった。レッドブルのピットからは「残り4周で追いつく」とドライバーを鼓舞する無線が飛ぶ。しかし実際のところ「追いついたらどうしようってことは考えていなかった」と、リカルドは正直だ。

「どんどん間隔を詰めてニコにプレッシャーを与えることだけに集中していた」

 オーバーテイクの難しいシンガポールで、まして相手はメルセデス。リカルド/レッドブルの作戦は、次元の異なるタイムでロズベルグを精神的に追い詰め、ミスを誘うことだったのだ。

「もし3度目のピットに入らなかったら? あの時点で履いていたソフトタイヤのフィーリングはとても良かったし、自分たちに速さはあったと思う。でも、抜けるかどうかってなると話は別だ。同じタイヤで0.5秒速く走って追いついても、オーバーテイクをしかけるにはさらに大きなアドバンテージが必要になる」

終盤、ロズベルグを猛追したリカルド
XPB Images



 リカルドがピットインする直前の、ロズベルグのリードは3秒。優位な首位にいるメルセデスにとっては、レッドブルに作戦を合せることが堅実な策であるはずだった。万が一セーフティカーが入ってリードを失ってしまうと、ニコひとりが擦り減ったタイヤで対抗しなければならないのだから。

 しかしリカルドが驚異的なアウトラップを走る一方、ロズベルグの前には周回遅れのマシンがいることを常勝チームは冷静に見極めていた。リカルドに合わせたピットインは安全策とはならない――実際、48周目のロズベルグがそれまでより0.7秒遅いタイムで走ったことを考えると、もしピットインすればリカルドにアンダーカットを許してしまうところだったのだ。

 ステイアウトを選んだメルセデスでは、セーフティカーのリスクを抱えたものの、ペース的には「最初は余裕があると思っていた」とトト・ウォルフが説明する。「しかしすぐに、かなりの接戦になることが明らかになった」

 25秒あった間隔は、54周目には10秒を切った。リカルドはロズベルグより2.5秒速いペースで走り続けている……しかし、強いマシンを手にしていればどんな作戦も成功率が高いのがF1の現実。ペースアップして逃げようとするよりも、メルセデスはすべてをセーブ、終盤にリカルドを迎え撃つ覚悟で余力を残す策を取った。

「残り10周か15周くらいの時点で、チームは“終盤には真後ろに来る”と伝えてきた。僕はその時に備えてすべてのラップを丁寧に無駄なく走り、タイヤをもたせることにも努めた。最終ラップに入ったときには、十分守れるとわかったよ。ダニエルのタイヤももうフレッシュではなくなっていたから」

 200戦目のグランプリで、完璧な勝利を飾ったロズベルグ。夏休みが明けてからの3連勝やドライバーズ選手権で首位を取り戻したことよりも、シンガポールGPを初制覇した喜びのほうがずっと大きい。

ロズベルグとは対照的に、ハミルトンはトラブルに苦戦
XPB Images



 対照的にトラブルに苦しんだルイス・ハミルトンは、FP2、FP3で走り込んでセットアップを仕上げることも、特殊なコースのリズムをつかむことも叶わなかった。レース前半はとくに、過熱するブレーキに悩まされた。33周目のターン10でライコネンにオーバーテイクを許してしまったのも、バンプの上でブレーキをロックさせたミスが原因だった。

 セバスチャン・ベッテルが後方からのスタートで追い上げたのに対して、キミ・ライコネンがつかんだハミルトン攻略のチャンスを逃してしまったのはフェラーリ。第3スティントは3番手ライコネンが4番手ハミルトンを6秒以上リードして始まった。しかし数周後の39周目にメルセデスのピットが「プランB」の可能性を伝えると、ハミルトンは1秒近くペースアップ――燃料が軽くなった分、ブレーキの不安も軽減されていたのだ。

 その時点で、最終ストップのウィンドウに入れば即、ハミルトンがアンダーカットをしかけてくることはわかっていたはずなのに……45周目にハミルトンがピットに飛び込んだ時点でさえ、フェラーリはまだ判断ができておらず、不明瞭な無線でライコネンを戸惑わせ、結局ピットインを促し、メルセデスにアンダーカットを許してしまった。ライコネンとフェラーリの特性を考えれば、ステイアウトして3番手を守り切るチャンスも大きかったが、これはチームのミス。今のフェラーリには、レースを戦い抜くだけの強さと一貫性が欠けている。

レース後、アロンソの走りをマクラーレンは絶賛
XPB Images



「Q3に進めたのは満足だけど、マシンには速さが足りない。明日のレースは作戦が鍵になるから、好スタートを決め、1周目にポジションアップし、そこからいいレースを戦いたい」

 予選後の言葉どおり、フェルナンド・アロンソは9番グリッドから見事なスタートを切り、1コーナーに向かってもっともアウトからアプローチするラインで2台のトロロッソをかわして一気に5番手までジャンプした。ニコ・ヒュルケンベルグの事故に助けられたのではなく、これはアロンソが得意とするスタート直後のライン。いったんはライコネンのフェラーリにさえ並んだ。

 金曜日から予想外のグリップ不足に悩んだマクラーレンにとって、シンガポールの最大のライバルがトロロッソであったことを考えると、このスタートは本当に意味が大きい。2ストップ作戦で堪えたレース、3ストップのマックス・フェルスタッペンを抑え込むことはできなかったが、トップ3チームの後ろ、7位の結果はアロンソの力で実現した。

 作戦勝負のレースとはいえ、ドライバーにとって苛酷なコースだからこそ、チームがどれだけドライバーを信頼し、力を信じて作戦を立てていくかがこのグランプリの大切な要素――セルジオ・ペレスが8グリッド降格のペナルティを背負ったフォース・インディアは、スタートの事故でヒュルケンベルグを失った。

 しかし落胆のなかでも即座にペレスのタイヤ交換を決断、事実上1ストップ作戦を成功させて8位入賞を獲得し、コンストラクターズ4位を取り戻した。36周の第2スティントを守り切ったのは、ペレスにとっても「キャリア最高のレースのひとつ」。「チェコ(ペレスの愛称)のタイヤ管理能力があるからこそ決断できた作戦です」と、松崎淳エンジニア。結果は“小さな8位”でも、チームのスピリットが輝いたレースである。

(今宮雅子/Text:Masako Imamiya)


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