今季のウイリアムズは、非常にタイヤに厳しい傾向にあり、多くのマシンが1ストップで難なく走り切ることができたこのカナダでも、不安を抱えていたはずです。ライコネンの攻撃から解放された後のボッタスは、ハミルトンがロズベルグのペースを見ていたのと同じように、ライコネンとの差を見て自らのペースをコントロールしていたように見えます。そもそもピットに入れば、ライコネンは20秒近くボッタスから遅れてしまうわけですから、残り28周でその差を埋め、ふたたびオーバーテイクにチャレンジする戦略が正しかったのかどうか、非常に疑問に思うところです。
今回のカナダでは、ソフトとスーパーソフトの性能差は1周あたり0.8秒程度と言われていました。つまり、計算上では追いつくので精一杯だったはず。しかもデグラデーション(タイヤの性能劣化によるペースへの影響)は少なかったとはいえ、スーパーソフトには若干のデグラデーションの傾向が見られます。追いついても、ボッタスにチャレンジできる力が残っていたかどうか……。であるならばライコネンは、2回目のタイヤ交換を行わず、ボッタスの背後につけてプレッシャーをかけ続けた方が、表彰台を獲得できる可能性が高かったのではないでしょうか。
今回のフェラーリには、ひとつの特徴がありました。それは“ウイリアムズを恐れていた”ということ。しかもウイリアムズに“抜かれること”を心配していたわけではなく、彼らを“抜けないこと”を、必要以上に心配していたように見て取れるのです。ボッタスを抜くのを諦めピットインしたライコネンの例はそうですが、ベッテルもフェリペ・マッサに追いつくと見るやピットに入ってタイヤを換えるという行動を見せました。しかも、2回も。これには伏線がありました。
話はバーレーンGPに遡ります。このレースでは、メルセデスAMGとフェラーリが早く、両陣営の一騎打ちといった情勢でした。しかしレース終盤、ウイングを壊してピットに入ったベッテルは、ボッタスの後ろでコースに復帰することになります。このレースのフェラーリとウイリアムズのペース差は1周あたり1秒以上、デグラデーションの差も非常に大きなモノだったのですが、ついぞ抜くことができず……結局5位でフィニッシュすることになってしまっています。