ベッテルの第1スティントは予選で3ラップ使用したミディアムで17周。第2スティントはミディアムのニューセットで20周。一見、単純なこの作戦を成功に導くため、彼はどれほど神経を擦り減らしたことだろう? 第1スティント後半は1分46秒台、最後の4周は0.1秒ずつラップタイムを落としながら耐えた。第2スティントは1分44秒台から入った後、10周のあいだ1分45秒台を維持──最後の2周は0.3秒落として第3スティントにつないだ。
金曜日からタイヤの性能維持に苦労していたメルセデスは、4周目のセイフティカーで迷うことなくピットイン。首位ハミルトンはステイアウトしていた集団の後方、6位でコースに戻ったが、再スタートの後にも即座にベッテルとの差を詰めることができず10秒のリードを許してしまった。レースの鍵となったのは、17周目に最初のタイヤ交換を行うまでベッテルが維持した9秒のリード。そしてミディアムのニューセットでハミルトンを追い詰めた第2スティント前半。3ストッパーのハミルトンが24周目にミディアムに交換した後は、追い上げるメルセデスに間隔を詰められながら、スティント終盤は絶妙なペースコントロールでメルセデスの気勢を制した。
ベッテル、37周終了時点でミディアム→ハードへ交換。ハミルトン、38周終了時点でミディアム→ハードへ交換。ふたりの間隔は14秒。同じタイヤで残り周回数も同じ。主導権を握っていたベッテルの勝利は、この時点で確実になった。そのぶん彼が背負った重圧は計り知れない──物理的にはタイヤと作戦で説明されるレースでも、マレーシアGPの勝敗を大きく左右したのは、きっと、ベッテルの“勝ちたい”という強い思いだ。自身にとってもフェラーリにとっても、何があっても逃してはならないチャンスだった。
4度のタイトルに輝いたドライバーが、表彰台では涙を抑えるのに苦労した。ドイツ国歌が流れる間は空を見上げて自らの胸に思いを馳せ、イタリア国家を聴くときにはチームのみんなが合唱する声に笑顔で耳を傾けた。
スクーデリア自身でさえ予想していなかった“新生フェラーリ”の勝利。キミ・ライコネンも後方から追い上げて4位入賞を果たした──赤いマシンが速いと、F1はこんなに楽しく華やかになる。