そして40周目には、エンジニアからの再三の指示に苛立ちを爆発させる。
「マルチ10、ポジション12」
「くそっ! オーバーテイクボタンを使わせてくれ! どうなんだ?」
クビアトは、またしても放送禁止用語で声を荒げたが、あくまで冷静に返事をするランビアーズの声に平常心を取り戻して、謝罪した。
「ダニー、オーバーテイクボタンは使えない」
「ごめん、興奮してしまった。ポジションはいくつだって?」
「マルチ10、ポジション12だ。確認だが、今回のレースは最後までオーバーテイクボタンを使ってはいけない。信頼性のためだ。すべてのセッティング変更はオーバーテイクのチャンスを最大限にするためのものだ」
「OK、わかったよ」
48周目、マーカス・エリクソンを先頭とした集団の中でセルジオ・ペレスやダニエル・リカルドと走っていたクビアトは、オーバーテイクボタンを使わせてくれと懇願する。使えないと理解してはいても、目の前のマシンを抜くために、そのボタンを押したい。それがドライバーの本能というものだ。
「彼らを抜くためにオーバーテイクボタンが必要だ」
「だめだ、ダニー」
最後はシケインで周回遅れになる際に隙を見せたエリクソンのインを突いて追い抜きに成功したが、13位でフィニッシュ。入賞には届かなかった。
「まるで無防備な状態だったよ」
チェッカーを受けたクビアトは、くやしそうに言った。
「とても退屈な午後だった。アタックもできずに走るしかない状況だったからね。完全に新しく組み上げたクルマだったし、楽じゃなかった。タイヤもブレーキもオーバーテイクボタンもうまく使えなかった。何台かは抜いたけど、それ以上どうすることもできなかったんだ」
リカルドが予選7位に入ったことからも、レッドブルRB11が鈴鹿で上位入賞のポテンシャルを秘めていたことは明らかだ。そのチャンスを逃した最大の原因は、予選での自身のミスだった。
「ヘアピンのブレーキングへ、できるだけまっすぐアプローチしようとしてアウト側に行き過ぎたんだ。横転するなんて初めてのことで、僕のキャリアで最大の事故と言えるだろう。土曜の夜にクルマを直してくれたチームみんなの働きにはとても感謝しているよ」
次戦は母国、ロシアGP。その前にクビアトは、またひとつ学んで成長したはずだ。
(米家峰起)