ハミルトンにとって難しかったのは、事故が発生した時点で2番手のニコ・ロズベルグに対して19秒以上先行していたこと。ライバルとの距離が離れた状態ではチームに判断を委ねることが必要だった。チームを惑わせたのは、VSCの適用によってハミルトンとロズベルグ、そして3番手セバスチャン・ベッテルの間隔が、いったん25秒まで開いたという事実──万全を期してハミルトンのタイヤを交換しても、首位を維持したままコースに戻れると勘違いしてしまった。
64周終了時点での25秒のリードは、VSCによる全車一斉の強制減速によって生まれたもの。そのままVSCが続けばハミルトンの25秒リードは維持されたはずだが、本物のセーフティカーが出動すれば、従来どおり後続との間隔はどんどん詰まってしまう。65周目、セーフティカーに前を抑えられたハミルトンのリードは、ずっと小さくなっていた。現実よりもデータに集中し過ぎたチームは、もはや存在しないリードをあるがごとく勘違いし、ドライバーとチームの間で、それぞれの主軸が離れてしまっていた。
「大画面でチームがピットに出ている様子を目にしたときには、ニコがピットインしたのだと思った。後ろのマシンは見えなかったから」
「チームはステイアウトしろと言ってきたけど、僕は『このタイヤは、ものすごく温度が下がってしまうだろう』と伝えたし、彼らがオプションに交換したら僕はプライムで対抗しなきゃいけない……そこでチームはピットインを指示してきた。僕は他のみんなも同じように対応したのだと信じ切って、ピットに入った」
初めてのVSCによる勘違いと、ドライバー/チーム間の交信における先入観のズレ、誤解。ミスは雪だるまのように膨らんで、短時間で逡巡を繰り返したメルセデスはハミルトンがラスカスに差し掛かったところでピットインを決定。手中にあった首位のポジションを失ってしまった。