F1速報

  • 会員登録
  • ログイン

元F1ドライバーのバリチェロ、シューマッハーとのフェラーリ時代を語る「チームは彼のものだと感じた」

2019年12月13日

 元F1ドライバーのルーベンス・バリチェロは、フェラーリ時代のチームメイトであるミハエル・シューマッハーについて、シューマッハーが協力的だったことはなく、頼みごとをできるようなチームメイトではなかったと語った。


 バリチェロとシューマッハーは、2000年から2005年にかけてフェラーリのチームメイトだった。シューマッハーはナンバー1ドライバーの地位にいて、バリチェロはサポートドライバーの役割を果たさなければならなかった。


 シューマッハーは、常にスペアカーと新しい部品を優先的に使用していた。2002年の第6戦オーストリアGPでは、ポールポジションからスタートしたバリチェロがレースを通して首位を走行していた。ところがシューマッハーを優勝させるために、バリチェロはチームオーダーによって終盤に速度を落とすよう指示された。

2002年F1第6戦オーストリアGP 表彰台
2002年F1第6戦オーストリアGP:バリチェロを表彰台の最上段へ上げたシューマッハー


「私はいつも友人をつくり、チームメイト全員と良い関係を築いてきた」とバリチェロはF1のポッドキャストで語った。


「でも彼が協力的だったことは一度もない。彼は手を差し伸べようとその場にいたことがないので、私は一度も頼んだことがない」


「頼みごとをできるようなチームメイトもいるが、ミハエルは違うと分かった。彼は仕事のやり方において少々単純だった。ミーティングが終わってからミハエルだけが参加する次のミーティングが始まり、僕は椅子を持ってきてそこにただ座っていたということが何度もあった。最後にはチームは彼のものだと感じた」


 バリチェロは2006年にホンダに移籍し、2011年までF1に参戦した。彼には歴代最多となる323レースに参戦した経験があるので、シューマッハーを素晴らしいドライバーだと評価できるほどの経験があると言えるだろう。


「彼は高速コーナーでとても素晴らしく、とても勇敢といった感じだった」


「私が低速(コーナー)を走る時は、そこからよりスピードを引き出していった。僕たちはお互いにプッシュしあうことで次のレベルに到達したと思う。それは良かったし、そうではなかったとも言える。ミハエル・シューマッハーを新しいレベルに行かせるのは簡単ではない」


「もし自分自身をミハエルと比べるとしたら、7対3だったと思う。別の言い方をすれば、彼は僕より優れていた。ミハエルは僕以上に完成されていたが、彼には調子の悪い日もあった」


「彼が調子の悪い日に落ち込み、気弱になった時は、いつでもチームは彼を立ち直らせるための準備を整えていた。チームはいかに前向きな影響を彼に与えるかを理解していたんだ」



(grandprix.com)




レース

9/20(金) フリー走行1回目 結果 / レポート
フリー走行2回目 結果 / レポート
9/21(土) フリー走行3回目 結果 / レポート
予選 結果 / レポート
9/22(日) 決勝 結果 / レポート


ドライバーズランキング

※シンガポールGP終了時点
1位マックス・フェルスタッペン331
2位ランド・ノリス279
3位シャルル・ルクレール245
4位オスカー・ピアストリ237
5位カルロス・サインツ190
6位ルイス・ハミルトン174
7位ジョージ・ラッセル155
8位セルジオ・ペレス144
9位フェルナンド・アロンソ62
10位ニコ・ヒュルケンベルグ24

チームランキング

※シンガポールGP終了時点
1位マクラーレン・フォーミュラ1チーム516
2位オラクル・レッドブル・レーシング475
3位スクーデリア・フェラーリ441
4位メルセデス-AMG・ペトロナス・フォーミュラ1チーム329
5位アストンマーティン・アラムコ・フォーミュラ1チーム86
6位ビザ・キャッシュアップRB F1チーム34
7位マネーグラム・ハースF1チーム31
8位ウイリアムズ・レーシング16
9位BWTアルピーヌF1チーム13
10位ステークF1チーム・キック・ザウバー0

レースカレンダー

2024年F1カレンダー
第18戦シンガポールGP 9/22
第19戦アメリカGP 10/20
第20戦メキシコシティGP 10/27
第21戦サンパウロGP 11/3
第22戦ラスベガスGP 11/23
  • 最新刊
  • F1速報

    Rd15 オランダ&Rd16 イタリアGP号