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【中野信治のF1分析第9戦】リスタート時のマルチクラッシュまでのドライバー視点。ムジェロの特性と駆け引きの心理

2020年9月22日

 7月から始まった2020年のF1シーズン。王者メルセデスに対して、対抗馬最右翼のレッドブル・ホンダはどのような戦いを見せるのか。レースの注目点、そしてドライバーやチームの心理状況やその時の背景を元F1ドライバーで現役チーム監督を務める中野信治氏が深く掘り下げてお伝えする。第9戦トスカーナGPはマルチクラッシュが多発して赤旗中断2回という大波乱の展開となったが、コース上のドライバー心理を推察しながら中野氏がグランプリを振り返る。


  ☆  ☆  ☆  ☆  ☆


 F1第9戦トスカーナGPが行われたムジェロ・サーキット、僕は前回のコラムで昔走った経験からハンガロリンクのような低速コースとお伝えしましたが、ひさびさに見た今回のムジェロは縁石が低くフラットに変わって、中速コースになっていましたね。以前は縁石が高くて、その縁石を回り込むような低速コーナーが多いイメージでしたが、縁石がフラットになったことでショートカットできるようになり、コーナーがコーナーではなくなっている感じでした。


 ターン1から抜けていくところはハンガリーとそっくりですが、その後のS字コーナーなどは縁石をカットしながら通過速度も高かったですね。僕が走ったのはあまりにも昔なので(苦笑)、その頃からはかなり変わっていました。縁石が低くなってラインの自由度が増して、別のコースになった印象を受けました。


 ムジェロのサーキットはターン1から上がっていき、6〜7コーナーのところは下ってから上るという高低差が大きいサーキットです。その後の8〜9コーナーは複合コーナーですごい横Gがかかります。ルイス・ハミルトン(メルセデス)が5.6G(フォース)くらい掛かると話していましたが、それは予選一発の全開時のときだと思いますね。上りながらGが掛かるので余計にダウンフォースも出るし、計測の仕方がわからないですが、いずれにしてもドライバーにはなかなかのGが掛かりますね。


 Gフォースで一番きつくなるのは首ですが、今のマシンはヘルメットとヘッドレストがすごく狭いので、いざというときには持たれてしまえばいいので何とかなるとは思います。それでも、あのコーナーに関してはキツイといえばキツイですね。


 ムジェロのストレートはもとから長いので、DRSを使用してのオーバーテイクも頻繁にあって見ていて面白かったですよね。守る側としては最終コーナーから後ろに付かれてしまったら抵抗のしようがないですが(苦笑)。右の1コーナーはイン側を抑えられてもアウトから大外刈りで次の2コーナーが左なのでインに入れます。ラインが選びやすくて横に並びやすく、いろいろなオーバーテイク方法があって面白いレースになりました。


 その反面、速度が高くなった分、サポートレースのFIA-F2やFIA-F3を含めてクラッシュが多く起きてしまいました。今回はムジェロで初めてレースをするドライバーが多いというのも原因のひとつだと思います。ドライバーにとってはどこがオーバーテイクポイントになるか、実際のレースでなければわからない部分もあります。


 今まで走っているサーキットだと「ここがオーバーテイクポイントで、ここは仕掛けたら接触が避けられないコーナーだ」という予定調和といいますか、ドライバー同士で阿吽の呼吸みたいなものが生まれます。でも、今回のように実質初開催のようなサーキットだとそういったものがないので、ドライバーが実戦でトライしてしまう部分があるんですよね。街中での『だろう運転』と同じで、ここは大丈夫だと思って仕掛けても、やっぱり当たってしまうんですよ。初開催のサーキットでは多いパターンでもあります。


 結果的に今回は赤旗で2回の中断という、近年希に見る大きな多重事故が発生してしまいました。特に多くのマシンが絡んだローリングスタートのリスタート時のアクシデントは、僕が出場していた1998年のベルギーGPでのスタート後の多重クラッシュを思い出しました(編集注:雨のスタート直後、最初にクラッシュしたデイビッド・クルサードに水煙で見えない後続が次々と追突する形で12台が絡んだアクシデント。中野さんもその1台として巻き込まれたが、約1時間の赤旗中断中に修復が間に合い、レース再開後8位フィニッシュ)。今回も本当にビックリしたアクシデントでした。


 今回のリスタートの時の状況とドライバーの心理を考えたいのですが、まずはセーフティカーが最後までペースを上げませんでしたよね。あのスピードだと後ろのドライバーたちは間隔を空けることができない。おのずとセーフティカーの後ろにぴったりと付かざるを得なかった状況になりました。


 そして、FIA側がリスタートを面白くするためなのかは僕にはわからないのですけれども、セーフティカーが掃けるのがすごく遅かった。セーフティカーが最終コーナーまで先導する形で、そこからコースアウトしたので、リスタートはみんなが詰まってしまってレーシングカートのローリングスタートみたいな感じになりましたよね。


 当然、今までのリスタートの感覚というのがドライバーにはあります。僕たちは画面で見ているので前方の状況がわかりますが、中団以降、特に後ろのポジションにいるドライバーたちは前の状況はわかりません。シグナルが青になった瞬間に加速したのか、それともセーフティカーがピットに入ったからもうスタートだろうと思って加速したのか、そこは定かではないですけれど、いつものリスタートなら、もうすでに全開だというタイミングにアクシデントが起こりました。


 当然、先頭のバルテリ・ボッタス(メルセデス)としては、セーフティカーがピットに入ってもコントロールラインを通過しなければ2番手以降の車両はまだオーバーテイクができないので、駆け引きをしてリスタートのアクセルオンのタイミングを読まれないようにするわけです。


 さらに、ボッタスが1回目のリスタート時に直前まで加速しなかったのは、ムジェロはストレートが長いので1コーナーまでにスリップストリームに入られてしまうのを嫌っていたこともあると思います。逆に言えば、後ろのハミルトンはリスタートに構えていたので、ボッタスはギリギリまで加速できなかった。


 1コーナーがオーバーテイクポイントになるというサーキットの特性があるので、早く加速をすればするほど、後続のスリップストリームは効いてくるわけです。前のドライバーとしては逆に、コントロールラインのギリギリまで加速を待てば、後ろにスリップストリームを使われる距離も短くなります。ボッタスはタイミングを探りながらも、ハミルトンからのプレッシャーも受けていたので、当然、コントロールラインの直前ギリギリまで待ってしまいました。


 結果的にセーフティカーのアウトが遅れ、ボッタスがリスタートのタイミングをずらしている間に後方が詰まってしまい、間隔が空いていて加速状態に入っていた中〜後方集団が前のマシンのスロー走行を避けきれなかったということになります。いつもなら加速しているはずなのに、今回はまだ駆け引きがされていて、実は加速していなかったという感じですね。巻き込まれてしまったドライバーは怖かっただろうと思います。大きな怪我がなくて本当に良かったです。後方のマシンたちにとっては災難というか、避けようのないことでした。


 今回の事故を避けるためには、たとえば事前のドライバーズブリーフィングなどでリスタートの手順について『今回は直前までセーフティカーが隊列を引っ張るよ』という説明がされていれば、ドライバーたちはそれで準備ができたと思います。でも今回は突然、これまでと手順が変わってしまいました。そうなると、あのようなクラッシュも起きてしまいます。

2020年F1第9戦トスカーナGP決勝
トスカーナGP決勝のリスタートのローリングスタートで近年希にみる大きなマルチクラッシュが発生。ドライバーに大怪我がなかったのが不幸中の幸いだった


 最初のスタート、そして赤旗中断後に2回と、今回は3回のスタンディングスタートが行われましたが、そのなかでもボッタスが2回とも遅かったり、アレクサンダー・アルボン(レッドブル・ホンダ)も2度ほど遅れてしまいました。スタンディングスタートは奇数列、偶数列が走行ライン上にあるか否かで路面状況で大きく変わるのですが、今回はあまり関係ないのかなとも思います。ストレートでの走行ライン的に、なんとなくピット寄りのほうが少しだけ路面が綺麗なのかなとは思いました。


 そして、スタートのシグナルに関しても今回はレッドライトが消えるタイミングが3回とも早かったように感じました。ライトが消えるタイミングはランダムにプログラムされているようなのですが、今回は毎回早かったですし、以前は遅かったグランプリもありました。レースごとにランダムなのか、毎回ランダムなのかどっちなのかはわかりません。ただ、今回は残りのレース時間が少ないことから2回目以降は早くしたんじゃないかとも思いますよね(苦笑)。シーズン序盤は逆に『こんなに長いのか』と思うくらい、かなり長かったですね。


 ライトが消えるタイミングをずらすことで、ドライバーごとに反応できる・できないという差も出てきますし、『前はこのタイミングだったから今回もこのタイミングだろう』という読みを防ぐためにランダムにしているのかもしれません。本当のところは実際どうなのか僕にはわからないですけれどね。

■次ページ:ムジェロで輝いたアルボンとリカルド。アドバンテージを失ったガスリー

 前戦のイタリアGPで優勝したピエール・ガスリー(アルファタウリ・ホンダ)ですが、今回は予選からイマイチでした。今回のムジェロはダウンフォースを効かせてコーナリングスピードを稼ぐというサーキットです。ですので、モンツァとはタイヤに掛かる負荷や入力などもまったく違ってきます。そうなるとマシンの良いところ・悪いところの特性は変わってきます。


 アルファタウリのマシンは前回のモンツァでも、すごく良かったというわけではなく、レース展開で勝てたという部分もありました。開幕戦からダウンフォースが少ないサーキットのほうがアドバンテージがあるのかなと感じていていましたが、今回、ダウンフォースが必要なサーキットではネガティブな部分が出てきてしまったのかなか思います。


 一方、ムジェロではそのダウンフォースが必要なおかげで、レッドブル・ホンダがメルセデスに少し近づけた部分もあります。ダウンフォースが必要なサーキットだと、すごくシンプルにアルファタウリ・ホンダより断然レッドブル・ホンダのほうが速くなる感じがあります。レッドブルのマシンはダウンフォース量やタイヤへの入力の仕方で、サーキットによっては自分たちの領域にハマって有利な方向にいくし、外してしまうとネガティブになってしまいます。


 そう考えるとやはり、マックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)のスタート直後のリタイアはすごく残念でしたね。走れていれば結構面白いレースを見せてくれただろうなと思います。パワーユニットのトラブルは結局、何のトラブルだったのかわかりませんが、いまは予選モードなど、レース中でもパワーユニットのモード変更はできないようになっています。


 解説のときにもモードというような言い方をしますが、ホンダに限らずパワーユニットを持ってくるときにエンジニアは、パワーユニットそのもののライフや、次のレースのことを考えて基本設定や出力設定をやりくりをしていくのですが、そのあたりをどれくらい攻めているかという部分で差が出てくると思います。今回のレースでは、ホンダはもしかしたら攻めてきていた可能性もありますよね。そういうのは、それぞれのエンジンメーカーでも当然、同じようにしています。


 残念ながらフェルスタッペンはリタイアしてしまいましたが、その分、今回はチームメイトのアレクサンダー・アルボンが初めての表彰台を獲得しました。アルボンのF1表彰台が初めてというのが意外でしたね。DAZNの中継で実況のサッシャさんが「初めての表彰台なんですよ!」と話していたのを聞いて『そうなんだ』と驚きました。僕もずっと解説させて頂いていて、もうアルボンは表彰台に上がったことがあると思っていましたし、表彰台に上がっていてもおかしくない実力は当然、持っていると思います。


 今回の決勝に関しては、アルボンの良いところが出たと思います。彼の持っているアグレッシブさというのがオーバーテイクにもつながりました。決勝の走りやアルボンのオンボード映像を見ていて、今回は思い切ってステアリングが切れていなくて自分の思いどおりの走りはできていないように見えました。若干、抑え気味に走らないとクルマの挙動がナーバスになってしまうように見えたのですが、それをレース中に冷静に合わせこんでいけた気がしましたね。


 ピーキーな挙動のクルマはオーバードライブをしてしまうと、クルマの挙動はさらに悪くなってしまいます。今回のアルボンはクルマの動きに対して自分のペースで自分のドライビングを合わせこんでいけていました。それができたことでレースの後半にかけてどんどんペースが上げられたし、乗れてきてるなというのが伝わってきました。これを機に、レッドブルのマシンはこういう動きをするんだ、というようなことをアルボンが掴んでくれたらよいなと思いながら見ていましたね。


 あと今回のレースで元気がよかったのはダニエル・リカルド(ルノー)ですよね。リカルドは今回すごい集中力でした。2回目のスタンディングスタートではキレがあったし、絶妙なタイミングでクラッチミートができていました。ドライバーの集中力というのは画面を通しても我々に伝わってきますし、今回のリカルドはクルマの持っているポテンシャルを本当に100%出し切っていたと思いました。F1ファンが選ぶドライバー・オブ・ザ・デーにも今回選ばれましたし、見ている人たちみんなにあの集中力というのは伝わっていたと思います。僕も『今回のリカルドすごいな』と思いながら解説をしていました。


 リカルドは、それほど大きな特徴のある走らせ方、ドライビングをあまりしないドライバーで、アグレッシブとスムーズの中間のドライビングをするドライバーだと思います。以前はアグレッシブ寄りだったんですけれど、最近は中間というか少し大人なドライビングに変わってきていたのですが、それが今回は再びアグレッシブ寄りに変わっているように見えました。ルノーのクルマもそのリカルドのスタイルに応えられるようになって、自分の思いどおりに動くようになってきたんだと思います。


 今回はチームメイトのエステバン・オコンの流れは悪かったのですが、ルノーのふたりは対照的なドライビングをしていると思います。オコンは一見アグレッシブなスタイルかと思われがちなんですが、実はすごくスムーズで、美しいくらい丁寧なドライビングをします。昔のルーベンス・バリチェロのような感じですよね。すごく丁寧に、クルマの動きに合わせてナチュラルなドライビングをするドライバーだと思います。そこがリカルドがよい場合と、オコンがよい場合とでルノーが別れる理由でしょうね。


 ムジェロは総じてアクシデントが多かったというのもありますが、非常に見応えの多いレースでした。オーバーテイクが多かったというのもありますし、初めてのサーキットで何が起こるかわからない『ワクワク感』というのも当然ありました。さすがに2回も赤旗中断があるとちょっと長くて腰が痛かったですけどね……(苦笑/編集注:中野さんとサッシャさんは栃木県でのスーパーGTもてぎ戦終了から急いで帰京してF1を実況していました)。でも、やっぱり新しいサーキットはドライバーも楽しいと思いますし、それぞれのドライバーにとっても新たなチャレンジになります。


 新しいサーキットにいくとドライバーたちはやっぱり『どう攻めるか』『どういうラインで通るか』『ここの縁石はどうやって使うか』という感じですごくワクワクするし、ドライバーごとに攻め方やプッシュの仕方が変わってくるので見ていて面白いですよね。それらも含めて、今回の第9戦はいろいろな角度から見ごたえのあるレースだったなと思います。


<<プロフィール>>
中野信治(なかの しんじ)

1971年生まれ、大阪出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。現在は鈴鹿サーキットレーシングスクールの副校長にスーパーGT、スーパーフォーミュラで無限チームの監督、そしてF1インターネット中継DAZNの解説を務める。
公式HP https://www.c-shinji.com/
SNS https://twitter.com/shinjinakano24

2020年Red Bull MOTUL MUGEN NSX-GT 中野信治監督
2020年Red Bull MOTUL MUGEN NSX-GTのチーム監督を務める中野信治氏。DAZNでF1中継の解説も担当



(Shinji Nakano /まとめautosport web)




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