ヒュルケンベルグほどの経験者が犯したミスには、誰もが驚いた。しかもそれより一瞬早く、バルテリ・ボッタス(メルセデス)も同様の判断ミスでセルゲイ・シロトキン(ウイリアムズ)に追突していたのだから──。空力を自由化した今日のF1は、2年前よりはるかに多くを空力に頼り、多くを空力によって失う。
「ターン1は追い風だったから、すごく慎重にアプローチした」というのは、2回のキーポイントを説明するベッテルの言葉。
空力の専門家たちは、時速75km/hでもダウンフォースは効くと言うだろう。10台以上が巻き起こした乱気流に突入するのでない限り、それはきっと事実だろう──。
スパのターン1を「乗用車で回るより難しい」と表現したジャン・アレジさんを思い出した。
「F1のサスペンションは硬くて、市販車に比べればないのも同然だから。それであんなに減速するともともと低いダウンフォースなんてなくなるから、“マシン”のグリップなんてないと考えた方がいい。とにかく慎重に、まっすぐな状態で十分にスピードを落としてからアプローチする。ラ・スルスはとても特殊なコーナーなんだ」
ヒュルケンベルグもボッタスも、ターン1でブレーキング勝負をするつもりなんて一切なかっただろうけれど、後方のドライバーたちがいつも経験している難しさに無知であったのは“罪”。
ルクレールにインパクトはなく、誰も怪我をしなかったことは本当に幸い、ハロのおかげ──。でも、ほとんど静止した状態でノーブレーキのマシンに追突されたアロンソの身体が受けた衝撃も、想像してほしい。鍛えられてはいても、彼の頸椎や脊椎が受けた衝撃は、普通の生活ではあり得ないものだ。それでも5日後には、何もなかったように縁石の衝撃を受け続けるモンツァで走り出すのだから。
ベッテルの完勝は、スポーツとしてF1として、ベルギーGPの明るい一面。しかし、F1メディアを超えて広く報じられているラ・スルスの多重クラッシュは──視聴率を集めはしても──“F1はこんなに安全なんですよ”と安易に誇ってはいけない一面だ。
Sutton Images
だから余計に、スタート直後のケメルストレートで見られた4ワイドは魅力であり、戦慄であり、美しくもあった。あのシーンを心底、美しく感じられたのは、操縦しているのが“ドライバー”という、生身の人間であることを知っている本当のF1ファンだ。
(Masako Imamiya)