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作家いしいしんじのモータースポーツ・コラム/レーシングドライバーたちの息子

2020年8月4日

 雑誌『auto sport』で連載している、作家いしいしんじ氏によるモータースポーツ・コラム。2017年シーズンから現在までに執筆されたものから、期間限定で毎週ひとつずつ掲載します。ちょっと離れた場所から眺めるからこそ見えてくる、スピードの世界の本質のようなもの。これまでにない読み心地の“モータースポーツ小咄”を、お楽しみください。


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 食べ物屋なんかだと、代目のつづいているほうが客としても安心だし、やっているほうにもたまに有利に働く(二代目がつぶす場合も多いけど)。音楽家や作家だと、生まれ育った家に楽器や本があふれているので、こどもが自然と親の仕事に親しんでいる(バリバリ反発にあう親もいっぱいだけど)。


 レースの世界に目を転じてみる。うわあ、おるおる、なんぼでもいてはる! ヨッ、二代目!


 生まれ育った環境がたまたまそうだったから、親子でレーサーになったとか、芳しい成績をあげられなかった親が、息子に夢をたくすとか、さまざまな事情をかんでふくんで、“二代目”は親の走ったコースを走りだす。


 いまF1のシートに座っているだけでも、フェルスタッペン親子、マグヌッセン親子、パーマー親子、名前もおんなじカルロス・サインツ親子、おまけで、サーキット以上の速さで昨年引退したロズベルグ親子。


 過去のドライバーでは、デイモン・ヒルの穏やかな顔が印象に残っている。イギリスの英雄、父グラハムがセスナ機でこの世から飛び去ってしまったあと、一度音楽家を志すものの、十代後半のある日、ひとりこころを固め、みずからの意志でレースの道にはいる。“二代目”であることを、こころから誇りにおもっていたドライバーが彼だろう。いっぽう、同僚だったジャック・ビルヌーブはどうか。ひとを助手席に乗せてはびびらせて喜んだ、父ジルの暴れん坊伝説を、息苦しくおもったことが結構あったのではないか。


 ただ、うっとおしいも、誇らしいも、コックピットに乗りこむまでの話。いったんステアリングを握りしめてしまえば、カーレースの頂点にのぼりつめるような若者なら、父の顔なんてその瞬間に忘れている。前から飛んでくる時間また時間を、ただひたすら全身でのみこみ、全身で吹き飛ばす。


 レース中のドライバーにとって、過去も未来も“いま、ここ”でない一点で同じ。父、祖父、曾祖父と、何代何百何万代と受け継がれてきたすべてのDNAが、その瞬間にそそぎこみ、その瞬間に沸騰し、結晶化する。


 中嶋一貴のドライビングは、はじめ、父にあまり似ていなかった。息子のほうが“うまい”と、僕の目にはそのようにみえていた。“うまい”けれど、こんなことは書きたくないが、ときどき、目を覆いたくなるほど“うまくいかない”と。それが、父とどういう点で似ていないと感じるかは、当時はよくわからなかった。


 F1を離れたころ、おや、とおもった。どこか違う。“うまい”だけじゃない。2011年、フォーミュラ・ニッポン開幕戦。腰をすえて目で追う。なんだろう。見てると、なにかを思いだす。結局、オーバーテイクを重ねて三位でゴールするまで、ずっと中嶋一貴を追いかけていた。そして、わかった、まさにそのことが、これまでと違うのだ、と。一貴は“うまい”だけじゃない、“ずうっと見ていたいドライバー”になっていた。


 それは、黄色いロータスを駆る、父にはっきり似ていた。勝ち負けより、なにか起こりそうな、ドラマティックなドライビング。


 2017年、WECとスーパーフォーミュラのともに初戦。僕と息子のひとひは、サーキットを周回する中嶋家の長男を、瞬きする間も惜しげに見守りつづけた。そしてこれからも、目で追いつづけるだろう。中嶋家だけでない、ベッテル家、ハミルトン家、フェルスタッペン家の息子たちの勇姿を。


 振り返ってみて、わかったことがある。中嶋一貴が、そう気づかせてくれた。ステアリングを握るすべてのドライバー、そのひとりひとりが、これまでエンジン音を高鳴らせ、サーキットを駆け抜けた、あらゆるドライバーたちの息子なのだ。
作家いしいしんじのモータースポーツ・コラム/レーシングドライバーたちの息子
(auto sport No.1456/2017年5月26日号 掲載)


いしいしんじ/プロフィール
作家。1966年大阪生まれ、現在は京都在住。京都大学文学部仏文学科卒。2003年『麦ふみクーツェ』で坪田譲治文学賞、2012年『ある一日』で織田作之助賞、2016年『悪声』で河合隼雄物語賞を受賞。『ぶらんこ乗り』『トリツカレ男』『プラネタリウムのふたご』『ポーの話』『みずうみ』『よはひ』『海と山のピアノ』『且坐喫茶』など著作多数。モータースポーツのほか、SP盤収集、蓄音機、茶道など趣味も幅広い。雑誌『auto sport』で連載中のコラム『ピット・イン』の絵はクルマとレースを愛する小学生の息子ひとひ氏が手がけている。


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作家いしいしんじの言葉でモータースポーツの魅力を伝えたい『ピット・イン』書籍化プロジェクト
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(Shinji Ishii / auto sport)




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