25年の生涯を閉じたジュール・ビアンキ。彼を偲ぶ多くの言葉があふれているいま、あらためて伝えられるときを待っていた、ささやかなエピソードを XPB Images


【】新連載「FACES」第1回:ジュール・ビアンキ

8月4日

 ドライバーは、その走りに全存在を賭ける。見つめる私たちは、まずコース上で光る個性に惹かれ、戦いの合間に見せる表情やレースについて語る言葉の隙間に、その人らしさを発見する。知れば知るほど、ますます好きになり、応援する楽しみも増えるはずだ。この新連載では、F1ドライバーたちの小さな物語が綴られる。第1回は、先月この世を去ったジュール・ビアンキ。彼にまつわるエピソードは、彼らを襲った出来事によって、大きな意味を持ちすぎてしまったかもしれない。それでも、あまりに早くいなくなってしまったビアンキの素顔を、静かに伝えてくれる気がする。

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「当時の僕にとって、本当に夢のような経験だった」

 ミハエル・シューマッハーとふたりきりで走った幼い頃の思い出を訊ねると、ジュール・ビアンキは静かな口調で、懐かしそうに瞳を輝かせながら、11歳の初夏のエピソードを語りはじめた。

「2001年、モナコGP直前のことだった。両親が突然、学校まで僕を迎えに来たんだ。先生は『すぐにご両親と一緒に帰りなさい』と言う。パパも理由は何も説明してくれない。僕をびっくりさせようと黙ってたんだね」

 南仏のブリニョル──両親が所有するカートコースに到着してジュールが目にしたのは、憧れのチャンピオンが、ひとりカートを楽しむ姿だった。