【】浜島裕英のF1人事査定 第十四回査定 「胆大心小」

9月24日

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第十四回査定 「胆大心小」

 シンガポールGP。レース中、マクラーレン・ホンダのダブル入賞に期待を寄せた方も多かったのではないでしょうか。しかし、結果は、2台ともにギヤボックストラブルによるリタイアとなってしまいました。後半戦を見渡すと、唯一パワーユニットに厳しくないサーキットだっただけに残念でなりません。今週の鈴鹿は、パワー的にも、クルマのポテンシャリティー的にも要求レベルが高いだけに、苦戦が目に見えていますが、来年へ向けた何かを見せてくれることを熱望して止みません。

 さて、今回もピレリはタイヤの最低空気圧を従来よりも上げて来たようですね。前回もお話ししましたが、内圧を上げることによるタイヤメーカーのアドバンテージは大きく、走行時のタイヤの変形量が縦、横、ねじり方向ともに減少するため、タイヤの構造、材料への負担が軽減されますし、タイヤのバネとしての硬さが増すため、スタンディングウェーブ現象の発生速度が上がるので、タイヤの構造的高速耐久性は向上します。

 タイヤメーカーとしては、空気圧を上げすぎることで、接地面積が減少して、少ない面積で路面からの入力を受け止めるためにタイヤトレッドの中央部分だけが摩耗してしまうとか、負荷が大きくなるためにコンパウンドがオーバーヒートしてブリスターが発生してしまわない限りは、内圧を上げておけば安心であることは間違いありません。

 しかし、チームの方は、恐らくたまったものではないでしょう。タイヤの接地面積が減少することとタイヤのバネ常数が上がることで、トレッドコンパウンドが路面からの入力を受ける負担が増すため、オーバーヒートが生じ、高温で使われることと、物理的な刺激の強さによって、性能劣化(デグラデーション)が起きやすくなります。

 また、オーバーヒートしたコンパウンドは、柔らかくなりすぎる傾向にあるため、路面からの入力をしっかり受け止められなくなってしまいます。運動靴の底にスポンジを貼り付けたら、体育館で靴底が不安定なために、機敏に動けなくなってしまうのが容易に想像できるかと思いますが、クルマも同じ状況に陥ってしまうのです。

 したがって、この現象とバネ常数の上昇による、とりわけグリップ限界からのクルマの急激な滑りの挙動は、ストリートサーキットでのドライバーのチャレンジ精神を削ぐ形になってしまいます。今回、フェラーリ、レッドブル勢とメルセデス勢の間に大きな差が生まれ、メルセデス勢が苦戦した要因のひとつは、これだったのではないでしょうか。

 片方の陣営は、低速でのダウンフォースの量もしくは、サスペンションによる入力の緩和により、スーパーソフトコンパウンドを使いこなすことができたのに、メルセデス勢はそれが出来なかった、というふうに考えると説明がつくように思えます。

 そのスーパーソフトコンパウンドを使いこなしたドライバーの中でも、秀でていたのはフェラーリのセバスチャン・ベッテルとレッドブルのダニエル・リカルドだったように思えます。勿論、今回はベッテルに軍配が上がりましたが、その状況を少し詳しく見てみましょう。

 第一スティント。スタートを決めたベッテルは、リカルドをDRS圏外に追いやるために猛然とダッシュして、なんと1周目に3.041秒という驚くべきギャップをリカルドとの間に築きます。これによりDRSによる追撃、さらには、アンダーカットによる逆転を封じることができたのです。その後着実にギャップを拡げ、5周目には5.363秒差まで拡大したのでした(GAPグラフ参照)。

 しかし、当初飛ばしたつけがやってきて、ベッテルのデグラデーションは、リカルドのそれよりも、やや厳しいものとなり、徐々に追いつかれ始めました(ラップタイムのグラフ参照)。しかし今回は天も味方し、ギャップが4秒を切ったところで、バーチャルセーフティカーの導入となり、難なくタイヤの交換を行い、コースへ復帰できました。



 そして、ここからが今回のベッテルの見事なところ。第1スティントでスタート当初に飛ばしたことによるデグラデーションと、ストレートでリカルドに最高速の関係から抜かれることはないという点、また第2スティントは残りの周回数を考えると、皆が長めに走る可能性があること、すなわち短い周回数でアンダーカットに出てくることはないという事を瞬時に判断し、走り初めのラップタイムを極めて抑えた点です。

 26周目まで抑えに抑えて走り、27周目に目下の敵(今回の場合はリカルド)がアンダーカットに出てくる可能性が高まった頃合を見計らって、エネルギーを溜めていたベッテルは集中した走りでラップタイムを一気に向上させ、リカルドとのギャップを2.873秒にまで瞬時に拡げたのでした。この作戦が功を奏して、今シーズン3勝目となったのでした。

 今回は、予選での壁に対してミリ単位でのクルマのコントロール技術、決勝での、スタート直後のスパートと一転して第2スティントでの慎重レース運びを評して、セバスチャン・ベッテル氏に、五段階評価で5を進呈したいと思います。