【】【レースの焦点】姑息なほどに、頭脳的で緻密なメルセデスの戦略、感情的で短絡的だったベッテルのアンダーカットへの挑戦/F1第15戦シンガポールGP

9月19日

 メルセデスの戦略は、姑息なほどに頭脳的で緻密──。自分たちには超スローペースのアウトラップが必要なことを承知のうえでフェラーリより先にコースインし、フェラーリのアウトラップを乱した。

 いまのメルセデスには、面白いほどフェラーリの心理が読めるのだろう。レースでも、1周目のターン7で2番手に上がったベッテルがアンダーカットをトライしてくることを100%予測していた。予選より10秒も遅いペースでセーフティカー明けの第1スティントを走り始めたハミルトンは、12周目に突然2秒以上ペースを上げた。

 11周目までスローペースで走ったことによって、トップ6だけでなく7番手のセルジオ・ペレスまでがトップと10秒差。12周目から急激にペースアップしたことによってフェラーリにアンダーカットを促すと同時に、トップ6以外の“伏兵”ペレスをベッテルのピットウィンドウ内に置いた。そしてハミルトン自身は自らのピットインまでペレスより4〜5秒速いラップタイムで走り続け、わずか3周でペレスをピットウィンドウの外に追いやった。

XPB Images

 結果、14周終了時点でピットインしたベッテルはペレスにつかまり、1周後にピットインしたハミルトンは余裕を持ってペレスーベッテルの前でコースに戻った。

 ベッテルは「アグレッシブな作戦に後悔はない」と言った。「誰も責めるつもりはない。チームには僕より多くのことが見えているのだから、僕は彼らを信頼して走る」と賢明にチームを擁護した。

 それでもアンダーカットに賭けてウルトラソフトを履いた直後には、「また遅すぎたよ。このタイヤじゃ最後までも保たないだろう。“手遅れ”になる前に、他に誰か接戦してる相手がいたら教えて」とピットに伝えていた。

 ハミルトン/メルセデスでは、作戦の100%をチームが管理し、ドライバーが考え込むような余地を与えない。そのため「このタイヤでいいの?」「前とのギャップが大きすぎるよ」とドライバーが質問することもある。それは“ドライバー主体のスポーツ”として観戦しているとあまり面白いことではないのだけれど、成功体験を重ねることによって、ドライバーが100%ドライビングだけに集中できるメリットを持つ──。いまのメルセデスは、この長所を活かす最高のバランスを見出している。

 フェラーリの場合は、役割分担が明確ではない。ハミルトンとは逆に、誰よりも遅くまでパドックに留まってエンジニアとのミーティングを重ねるドライバーがいるのに、その結果は堂々巡りに陥っている印象を与える。レース中のコミュニケーションにおいても主旨がはっきりしない──。ベッテルのミスがよく批判されるが、ベッテルの良さを最大限に活かす環境をチームが用意できていないのも事実だ。

 今回も、ベッテルが「アグレッシブな作戦」と表現したアンダーカットへの挑戦は、あまりにも感情的で短絡的だった。ポジションを覆すためにはあと数ラップステイアウトして(可能であれば)ハミルトンとの間隔を詰めないとチャンスはなかったし、少なくともペレスの前でピットアウトできるまで待ち、最低でもマックス・フェルスタッペンにオーバーカットされるリスクは避けるべきだった。

 ドライバーとチームの微妙な関係がいつも以上に浮き彫りになったシンガポール。勝負が“チームによる作戦”にかかっている環境においても、ドライバーの存在感を爽快に披露したのがフェルナンド・アロンソ/マクラーレンだった。