「セナはフェラーリでキャリアを終える予定だった」と会長

5月1日

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 フェラーリ会長ルカ・ディ・モンテゼモロは、1994年にアイルトン・セナが亡くなる直前に将来の契約について合意していたと語った。

 セナは1984年にトールマンでF1デビューを果たした後、ロータスを経て、1988年から1993年までマクラーレンに所属、3回タイトルを獲得した。1994年にはウイリアムズに移籍したものの、第3戦サンマリノの決勝中にクラッシュを喫し、命を落とした。

 セナの死からちょうど20年となる今年の5月1日を前に、ディ・モンテゼモロはフェラーリの公式サイト上でセナにまつわるエピソードを語った。

 ディ・モンテゼモロは94年サンマリノGPの4日前にセナと話をし、フェラーリへの移籍に関する意志を確認していたと語った。

「彼はフェラーリに来たがっていたし、私も彼をチームに入れたいと思っていた」とディ・モンテゼモロ。

「サンマリノGPのために彼がイタリア入りした際に、4月27日水曜、ボローニャの私の自宅で会った」

「電子的なドライバーエイドの過剰な導入に我々が反対の意を示していることを、彼は喜んでいた。ドライバーエイドの存在によってドライバーの技を生かせないからだ」

「我々は長い間話し込み、彼はキャリアをフェラーリで終えたいと言った。数年早くフェラーリに加入することになりそうだった」
「近いうちに再び会って、その時点での彼の契約上の義務に関する問題を解決する方法を検討しようと約束した」

「彼がその後のキャリアを過ごす場所としてフェラーリは理想的であるという点で互いの意見が一致した。彼は特異で素晴らしいキャリアを過ごしていた」

 ディ・モンテゼモロはセナのレースに対する姿勢を称賛している。

「私は常にアイルトンのレーシングスタイルを高く評価していた」
「偉大なるチャンピオンは誰もがそうであるように、彼の勝利への意志は非常に強く、常に完璧を目指し、何かを改善しようと努力していた」

「予選でのパフォーマンスは極めて素晴らしく、同時に決勝での戦いも見事だった。彼は常にあらゆる手段を尽くして戦っていた」

「彼はドライバーとしては常にベストを目指すファイターだったが、ひとりの人間としては正反対の性格だった。セナは優しく控えめで内気な性格だったのを覚えている」