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「この6年で築き上げたものが消えることはない」オランダGP開催に尽力したヤン・ラマースからの手紙【ギョロ目でチェック】
2026年9月3日
今年のF1第12戦オランダGP最終日となった8月23日、日曜日の朝、メディアセンターの全デスクの上に、2枚の手紙が置かれていた。「ザントフォールトから、世界の皆様へ」と書き出された手紙の差出人は、1970年代後半から1990年代前半にF1に参戦していたオランダ出身のレーシングドライバーで、オランダGPのスポーティングディレクターを務めるヤン・ラマースがしたためた感謝のメッセージだった。

これまで多くのグランプリがF1のカレンダーに組み込まれては消えていった。南アフリカGP、ドニントンパーク、ニュルブルクリンク、バレンシアなどでのヨーロッパGP、アルゼンチンGP、インドGP、韓国GP、トルコGP、ドイツGP、フランスGP、TIサーキット英田でのパシフィックGP、富士スピードウェイでの日本GPなどだ。そして、このオランダGPも今回をもって一旦、F1の表舞台から姿を消す。
オランダGPはF1が誕生する2年前の1948年に始まった伝統のグランプリだ。世界選手権としてF1のカレンダーに正式に加わったのは1952年。以後54年、56年、57年、72年の4年間を除いて、85年まで30回開催された。そして、すべてザントフォールトが舞台だった。
1985年を最後にしばらく開催がなかったが、2021年にオランダGPは復活。その陣頭指揮をとったのがラマースだった。しかし、30数年ぶりの復活には想像以上に高い壁が待ち受けていた。まず、予定していた復活初年度の2020年は新型コロナウイルスによって中止。36年ぶりの復活となった2021年は、感染対策を施しつつ全収容人数の67%を上限とする形での開催を強いられた。2023年には通行許可証を巡り、地元タクシー会社が周辺道路の封鎖を含む抗議活動を計画したこともあった。
そんなさまざまな課題をラマースは粘り強くかつ丁寧に対応し、ひとつずつ解決し、2021年から6年間に渡って、オランダGPを成功に導いた。筆者はその復活した初年度の2021年から6年間、ザントフォールトに通い詰めたが、36年ぶりの復活だったとは思えないほど、オランダGPは毎年大勢の観客で盛り上がり、充実した取材ができた。そして、それはラマースの存在なしでは語ることができなかったのだと、手紙を読んで納得した。

せっかくなので、ラマースの手紙を全文ノーカットで紹介したい。
▼
ザントフォールト出身の少年だった私は、裏庭でレーシングカーの轟音を聞きながら育ち、私自身もここでレースに出場しました。F1がやってきては去っていくのを見守り、そして数十年後、私はF1の歴史的な復帰からこの最終ラップに至るまでの道のりを、間近で体験する光栄に恵まれました。
F1をザントフォールトに呼び戻すための取り組みを始めた当初、多くの人々は私たちを狂っていると思ったものです。「ザントフォールトでF1レース?」、「この時代に?」、「砂丘と北海の間に挟まれたあの小さなサーキットで?」
しかし2021年、私たちはそこに立っていました。そして、あなたもそこにいました。数十万人のファン。オレンジ色の海。朝一番に到着した列車から、最後のマシンがフィニッシュラインを通過してからもずっと後まで。ここで起きたことは、私たち自身が想像していた以上に大きなものとなりました。
ザントフォールトは、単なるレース以上のものとなりました。それは世界中に広まった光景です。オレンジ色の観覧席。砂丘。海。マックスがコースに現れるたびに高まる期待感。しかし何よりも、モータースポーツへの愛がいかに力強いものかを世界に示した観客たちの姿でした。世界中のドライバーやチームが、ザントフォールトの雰囲気について語ってくれました。私たちが「特別だ」と伝えたからではなく、彼ら自身がそれを感じ取ったからです。
それを実現させたのは、みなさんです。6回の開催を経て、私たちのオランダGPは今、最終ラップを迎えます。不思議な気分です。何かがこれほど特別になると、それを手放したくないと思うものですから。しかし、何よりも、今こそここで何が起きたのかを改めて認識すべき時なのかもしれません。小さな国が、もはや実現不可能だと多くの人が考えていた場所に、世界最大級のスポーツイベントのひとつを呼び戻したのです。延べ200万人近い来場者を迎えた今、私たちはそれが可能だったことを知っています。それは、多くの人々がそれを信じてくれたからです。何千人もの人々がそれを実現するために尽力してくれたからです。そして、年々、みなさんが足を運んでくれたからです。今、オランダGPは幕を閉じます。
しかし、過去6年間にここで築き上げられたものは、最後のチェッカーフラッグが振られたとしても消えることはありません。その光景は残ります。物語も残ります。そして、砂丘と海の間のどこかで、F1マシンの轟音と、私たちと共に盛り上がったみなさんの歓声が、これからも長い間響き続けることでしょう。
ザントフォールトまで足を運んでくださった皆様へ。
世界中からご視聴いただいた皆様へ。
F1、ドライバー、チーム、パートナー、メディア、そして私たちの物語の一部となってくださったすべての方へ。
この旅を私たちと共に歩んでくださり、ありがとうございました。
この思い出を大切にしていただければ幸いです。
そして、最後の1周を存分にお楽しみください。
F1ハイネケン・オランダGPを代表して、
スポーツディレクター、誇り高きザントフォールト市民、そして何よりも、大のレースファンである
ヤン・ラマースより
▲
ヤン、素晴らしいメッセージをありがとう。最高の6年間に感謝するとともに、オランダGPとザントフォールトの発展と幸多を祈念したい。

(Text:Masahiro Owari)
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| 9/4(金) | フリー走行1回目 | 結果 / レポート |
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| 9/5(土) | フリー走行3回目 | 結果 / レポート |
| 予選 | 結果 / レポート | |
| 9/6(日) | 決勝 | 結果 / レポート |
| 1位 | アンドレア・キミ・アントネッリ | 242 |
| 2位 | ジョージ・ラッセル | 183 |
| 3位 | ルイス・ハミルトン | 183 |
| 4位 | ランド・ノリス | 159 |
| 5位 | シャルル・ルクレール | 155 |
| 6位 | マックス・フェルスタッペン | 112 |
| 7位 | オスカー・ピアストリ | 104 |
| 8位 | アイザック・ハジャー | 68 |
| 9位 | リアム・ローソン | 49 |
| 10位 | ピエール・ガスリー | 44 |
| 1位 | メルセデス-AMG・ペトロナス・フォーミュラ1チーム | 425 |
| 2位 | スクーデリア・フェラーリHP | 338 |
| 3位 | マクラーレン・マスターカード・フォーミュラ1チーム | 263 |
| 4位 | オラクル・レッドブル・レーシング | 186 |
| 5位 | ビザ・キャッシュアップ・レーシングブルズF1チーム | 66 |
| 6位 | BWTアルピーヌF1チーム | 63 |
| 7位 | TGRハースF1チーム | 21 |
| 8位 | アウディ・レボリュートF1チーム | 16 |
| 9位 | アトラシアン・ウイリアムズF1チーム | 11 |
| 10位 | アストンマーティン・アラムコ・フォーミュラ1チーム | 3 |


