最新記事
- 【順位結果】2026年F1第13戦イタリアGP 決勝
- 「アルピーヌの直線スピードは際立っていた」...
- 「今日はチャンスがあるかもしれないと思った...
- フェルスタッペン予選6番手「マシンが跳ね回...
- 0.060秒差でポールを逃したラッセル。メルセ...
- 判事の独立性を疑うブリアトーレ。マクラーレ...
- ホンダ折原GM「モンツァに向けパフォーマンス...
- 角田裕毅、要求が厳しいモンツァで予選17番手...
- 予選3番手のピアストリに3グリッド降格処分。...
- 【F1イタリアGP予選の要点】フリー走行から強...
- F1参戦10年目のピエール・ガスリーが初ポール...
- 【正式結果】2026年F1第13戦イタリアGP 予選
62秒差で初優勝セナ。酷い車両で初陣のラウダ【F1王者たちのデビュー戦と初優勝の物語】
2026年8月11日
F1王者に輝いたドライバーたちのF1デビュー戦、F1初勝利を振り返る連載企画『F1王者たちのデビュー戦と初優勝の物語』を全4回でお届け。第2回目となる今回は、複数回の王者に輝いたフェルナンド・アロンソ、ミカ・ハッキネン、アイルトン・セナ、ネルソン・ピケ、ニキ・ラウダという5名の軌跡を振り返る。
■フェルナンド・アロンソ(戴冠2回)のF1デビューレース
- 大会:2001年第1戦オーストラリアGP
- 出走チーム:ミナルディ・ヨーロピアン(フォード)
- 予選:19番手
- 決勝:12位
ミナルディ自体は1990年代後半から台所が火の車で、2001年開幕戦の数カ月前までチーム消滅の危機にあった。そこへヨーロピアン・アビエーション(イギリスの航空会社)を率いるオーストラリア出身の大富豪ポール・ストッダートという救世主が現われた。
急遽、アロンソとチームはフィオラノ・サーキット(フェラーリ所有)でクルマをシェイクダウン。開幕戦まで時間が少ない状況で、チームは機材をオーストラリアへ送った。当時の状況についてアロンソは、「木曜日にミナルディのガレージへ行くと、メカニックたちは寝る間も惜しんで僕のマシンを組み立てていた。パーツのネジ留めを自分も手伝ったくらい」と表現した。
こうした状況にありながらアロンソは予選19番手と上々の戦果を持ち返り、チームとメカニックを喜ばせた。迎えた58周の決勝は荒れた展開で、5周目のターン3ではジャック・ビルヌーブ(BARホンダ)がラルフ・シューマッハー(ウイリアムズBMW)へ仕掛けて左後輪に乗り上げる大事故も。そうしたなか、パワーステアリング無しで体力的に厳しいクルマをアロンソは慎重に走らせた。
エンジンやギアボックスにも気を遣いながら、最後はベネトンの2台よりも上の12位でチェッカーを受けた。「レースをフィニッシュできただけで僕たちにとっては勝利と同じ」とアロンソ。そして後年F1デビュー戦について、「12位で完走してガレージに戻ったとき、みんなが涙を流して喜んでくれた光景は一生忘れられない」と懐かしんでいた。


■フェルナンド・アロンソのF1初優勝
- 大会:2003年第13戦ハンガリーGP
- 出走チーム:ルノー
- 予選:ポールポジション
ミナルディ時代からフラビオ・ブリアトーレのマネジメント下にあったアロンソは、ブリアトーレがチーム代表を務めるルノーへ移籍。2002年はテストドライバーの役割に徹した。2003年にルノーのレギュラーシートを獲得すると、第2戦マレーシアGPでは自身初のポールポジションスタートから3位表彰台に立っていた。
さらに母国開催となった第5戦スペインGPで、3番グリッドからスタートしたアロンソは最終的に2位となり、母国GPで表彰台に立った最初のスペイン人ドライバーとなった。「最終周になって、大勢の観客が旗を振りながら応援してくれるのを見たときの気持ちは、言葉では言い表せない」「開幕から5戦連続の入賞。これは僕が夢見ていた以上の結果だ」とアロンソは語った。
迎えた第13戦ハンガリーGPで、空力面でアップデートされたクルマを得たアロンソはポールポジションを獲得した。決勝は軽めの燃料搭載スタートで後続を引き離し、早めの13周目ピットストップだったものの首位をキープ。フェラーリのミハエル・シューマッハーを周回後れにするほどの速さ披露し、レース終盤はマシンを労わる走りに徹しながら、2位キミ・ライコネン(マクラーレン)に16秒以上の大差をつける圧勝だった。
この日アロンソは22歳104日で当時のF1史上最年少優勝記録を塗り替えた。F1参戦29戦目の優勝に、「本当に信じられない。完全に夢が叶った。まだ22歳なのに、初めての優勝を手に入れることができた。これからの長いF1キャリアの中で、もっとたくさんの勝利を重ねていけることを願っている」とアロンソは初優勝のあとの公式記者会見でコメントを残していた。


■ミカ・ハッキネン(戴冠2回)のF1デビューレース
- 大会:1991年第1戦アメリカGP
- 出走チーム:ロータス・ジャッド
- 予選:13番手
- 決勝:13位
1990年のイギリスF3王座に就く以前、才能あふれるミカ・ハッキネンはすでにF1マシンを運転する機会が与えられていた。同年1月にイギリスシルバーストンで、レギュラードライバーのアレッサンドロ・ナニーニとともに、ベネトン・フォードを走らせた。
1991年のロータスからのF1デビューについては、ハッキネンの当時マネージャーだったケケ・ロズベルグのロビー活動に加え、キャリア初期からハッキネンを支援していたマールボロ(タバコメーカー、フィリップモリス社)のバックアップ、チーム体制の過渡期にあって資金難にあえいでいたロータスの事情などが合致した結果であった。
1990年12月8日にはフィンランド・ヘルシンキでロータス主催の記者会見が開かれ、少し早いサンタクロースの登場でハッキネンと2年契約を結んだと発表。11月25日のF3マカオGP決勝でミハエル・シューマッハーへ無駄に仕掛けて敗れて涙にくれてから2週間足らずの出来事に、「自分でも驚くほどの急展開だった」とハッキネンはのちに当時を振り返っている。
F1デビュー戦は予選13番手と健闘した。決勝では8周目に、「本当に恐ろしかった」とハッキネンが語るステアリングが外れるトラブルもあったが、レース終盤には入賞目前の7番手まで浮上。残念ながらエンジンのトラブルで59周目にクルマを停めた。「結果にはがっかりだが、F1最初のレースとしては満足しているし、全体的には良い週末だった」と振り返った。


■ミカ・ハッキネンのF1初優勝
- 大会:1997年第17戦ヨーロッパGP
- 出走チーム:マクラーレン・メルセデス
- 予選:5番手
ハッキネンの初優勝までの道のりは遠かった。1997年10月26日のF1ヨーロッパGPにおけるF1初優勝は、当時は史上最も遅い96戦目という記録付き。そもそも彼がマクラーレン入りした1993年以降はウイリアムズの全盛期がしばらく続いており、ベネトンやフェラーリも好敵手ミハエル・シューマッハーを擁してハッキネンの前に立ちはだかっていたからだ。また、マクラーレン自身もホンダエンジンを搭載していた頃のような勢いは無かった。
そしてハッキネン自身、1995年最終戦オーストラリアGP予選でタイヤのパンクに起因する事故でドライバー生命を脅かされる事故にも遭っており、精神的・肉体的な影響もあるのではと見る向きもあった。雌伏のときを経て迎えた1997年最終戦ヨーロッパGP。予選は上位3番手までが同タイム(1分21秒072)という珍事でハッキネンは5番手だった。
決勝のハッキネンは終始、表彰台を狙える位置で戦っていた。48周目には前を行く首位ミハエル・シューマッハー(フェラーリ)と2番手ジャック・ビルヌーブ(ウイリアムズ)の間で接触事故が発生。前者はリタイア、後者は手負いのクルマを走らせていた。レース終盤にはデイビッド・クルサード(マクラーレン)とハッキネンがトップのビルヌーブへ急接近。68周目にチームオーダーでハッキネンが2番手へ上がり、最終69周目にはビルヌーブに道を譲られて、ようやくF1初優勝を手にしたのだった。


■アイルトン・セナ(戴冠3回)のF1デビューレース
(Text:Kojiro Ishii)
関連ニュース
| 9/4(金) | フリー走行1回目 | 結果 / レポート |
| フリー走行2回目 | 結果 / レポート | |
| 9/5(土) | フリー走行3回目 | 結果 / レポート |
| 予選 | 結果 / レポート | |
| 9/6(日) | 決勝 | 22:00〜 |
| 1位 | アンドレア・キミ・アントネッリ | 242 |
| 2位 | ジョージ・ラッセル | 183 |
| 3位 | ルイス・ハミルトン | 183 |
| 4位 | ランド・ノリス | 159 |
| 5位 | シャルル・ルクレール | 155 |
| 6位 | マックス・フェルスタッペン | 112 |
| 7位 | オスカー・ピアストリ | 104 |
| 8位 | アイザック・ハジャー | 68 |
| 9位 | リアム・ローソン | 49 |
| 10位 | ピエール・ガスリー | 44 |
| 1位 | メルセデス-AMG・ペトロナス・フォーミュラ1チーム | 425 |
| 2位 | スクーデリア・フェラーリHP | 338 |
| 3位 | マクラーレン・マスターカード・フォーミュラ1チーム | 263 |
| 4位 | オラクル・レッドブル・レーシング | 186 |
| 5位 | ビザ・キャッシュアップ・レーシングブルズF1チーム | 66 |
| 6位 | BWTアルピーヌF1チーム | 63 |
| 7位 | TGRハースF1チーム | 21 |
| 8位 | アウディ・レボリュートF1チーム | 16 |
| 9位 | アトラシアン・ウイリアムズF1チーム | 11 |
| 10位 | アストンマーティン・アラムコ・フォーミュラ1チーム | 3 |


