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グロージャンとの10年間を回顧。F1デビュー戦で示した才能と精神面の課題/小松礼雄コラム番外編

2021年2月15日

 2020年シーズンで5年目を迎えたハースF1チームと小松礼雄エンジニアリングディレクター。2020年は小松エンジニアにとって「予想以上に厳しいシーズン」だったというが、このシーズンを最後にロマン・グロージャンがチームを去った。


 グロージャンといえば、ハースF1創設時から在籍し、チームの成長を支えたドライバーだが、小松エンジニアとは2009年からの付き合いとなる。グロージャンと小松エンジニアは様々な経験を積んできたが、改めてロマン・グロージャンとはどんなドライバーなのか、そしてどんな人間なのか、ハースという新しいチームへの貢献はどれほどのものだったのか、10年以上に及ぶF1キャリアを振り返る。


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 僕がロマンと初めて会ったのは2009年のルノー時代です。第11戦ヨーロッパGP(バレンシア)でドライバーがネルソン・ピケJr.からロマンに変更になったのですが、「自信満々なヤツだな」というのが彼の第一印象でした。まだ優勝したこともなければ表彰台に乗ったこともないのに、最初から「世界チャンピオンになるんだ」と言っていたのを覚えています。


 当時の僕はパフォーマンスエンジニアとして2年目を迎えた時期で、チームのドライバー選択にはまったく関わっていませんが、起用の決め手は“一発の速さ”だったと個人的には思っています。当時のロマンのチームメイトは2度のF1王者であるフェルナンド・アロンソでしたが、ロマンは突然F1デビューが決まったにもかかわらず、予選でのフェルナンドとの差は0.3秒まで縮めました。

ロマン・グロージャン(ルノー)
2009年F1第11戦ヨーロッパGP ロマン・グロージャン(ルノー)


 2012年のロータス時代にも、ロマンの速さを象徴するような予選がありました。この年のチームメイトはラリーからF1に戻ってきたキミ・ライコネン。彼もチャンピオンになった速いドライバーですが、ロマンは第6戦モナコGPでそのキミに0.6秒の差をつけて予選で圧勝しました。しかもこの時、高速のカジノコーナー(ターン3)だけで0.3秒のギャップを築いたのです。その頃のロマンは若かったというのもあるけれど、それにしても速かった。キミはまったく歯が立たなかったです。


 2013年になって、ロマンは周囲の状況も見えるようになり、タイヤのマネージメントなども含めてレースができるようになりました。前年の日本GPではマーク・ウエーバーと接触してボロクソに言われたこともありましたが、そこから立ち直って、13年シーズン後半は表彰台に乗るのが当たり前というレベルに到達しました。


 天性の速さがあり、その片鱗はデビュー戦の予選で見えていたわけですが、良い意味でも悪い意味でもロマンを象徴するようなレースだったのはこの年の第6戦モナコGPです。2013年のクルマはレッドブルほど速いクルマではなかったのですが、モナコでのロマンの速さを考えると、レッドブルとのクルマの性能差を埋めて、そのうえちょっとおつりがくるくらいでした。FP1からとても速かったのですが、残念ながらロマンは自分にプレッシャーをかけすぎて、すべてのセッションでクラッシュしたんです。


 FP3でも最後の最後でクラッシュしたので、予選まで時間がないなか、狭いガレージで一生懸命メカニックがクルマを直しました。あの時のことは今でも鮮明に覚えているのですが、予選が始まってキミがガレージを出て行ってもロマンのクルマはまだ大変な作業の真っ只中でした。しかしキミのクルマが出て行った瞬間に、キミ担当のメカニック全員がロマン側のガレージに来てくれてチーム一丸となってクルマの修復作業を全力でやりました。

ロマン・グロージャン(ロータス)
2013年F1第6戦モナコGP FP3でクラッシュしたロマン・グロージャン(ロータス)のマシンの修復作業が行われた


 お陰でなんとか間に合ってロマンは最後に1回だけアタックをすることができたのですが、ここで実力を発揮して素晴らしいタイムをたたき出し、Q1を通過。セクター最速タイムもマークしたので、ガレージでは大歓声が上がりました。


 ところがQ2では最後のラップでトラフィックに引っかかりQ3に進めず、ロマンはガレージ裏で「モナコでは予選がすべてだから、優勝できる最大のチャンスを棒に振った」とひどく落ち込んでいました。良いところと悪いところ、ドライビング、メンタル面と、ロマンのF1キャリアすべてがこの週末に凝縮されていたような気がします。


 その2013年は、第15戦日本GPのこともよく覚えています。このレースではいいスタートをしてトップに立ち、落ち着いてレースをリードしていました。ですが後ろを走っていたレッドブルがウエーバーをピットインさせたので、ウチは彼をカバーするためにロマンをすぐにピットインさせるしかありませんでした。


 その間に前の開いたセバスチャン・ベッテルは最速タイムを連発し、ピットイン後に逆転されてしまいました。その後ロマンも青旗時にミスをしたせいでウエーバーに抜かれて3位でレースを終えたので、ちょっと苦い思い出ですね。ウチより速いレッドブルにハサミ打ちにされたので優勝は無理でしたが、2位だったら手放しで喜べたと思います。でもあの秋の日差しのなかロマンがトップで1コーナーに飛び込んでいく姿は今でもはっきりと覚えています。


 普段のレースの時は特に意識しなくても普通に落ち着いて自分の仕事に集中できるのですが、この時ばかりは「落ち着かなくっちゃ」と自分に言い聞かせたのを覚えています(笑)。ちなみにこの日本GPのシャンパンボトルは、ロマンに日付とサインを書いてもらい、今は僕の家に飾ってあります。これがロマンのベストレースかと言われると必ずしもそうではないですが、僕にとっては記憶に残るレースです。

2013年F1第15戦日本GP 表彰式
2013年F1第15戦日本GP表彰式 セバスチャン・ベッテル(レッドブル)、マーク・ウエーバー(レッドブル)・ロマン・グロージャン(ロータス)


 翌2014年にはロマンがドライバーとしてのピークを迎えた頃と思っているのですが、僕のなかで一番残念だったのは、この年にパワーユニットのレギュレーション変更があり、ルノーのパワーユニットには競争力がなくてまったく戦えなかったことです。彼のピークの時に勝てるクルマに乗れなかったというのはすごくかわいそうでした。


 それでも彼のF1キャリアのなかには多くのチャンスがありました。残念ながら乗れている時、流れを持っている時にチャンスを活かしきれなかった。勝てるドライバーだったのに、勝つことができなかったのは残念です。それでも10年以上F1に乗ったんですから、それはやはり彼の才能あってのことです。


 そんなロマンの長所は、やはり天性の一発の速さです。デビュー戦やモナコでの速さがそれを表しているし、それに彼はどんなサーキット行ってもすぐに速いタイムを出せる。逆にケビン(マグヌッセン)はそういうタイプではないので、2020年第9戦トスカーナGP(ムジェロ)ではロマンに対してまったく敵わなかったのです。


 反対に短所はメンタル面ですね。冒頭で彼の第一印象が自信満々だと書きましたが、それはロマンが外部に見せる顔であって、本当のところは自信がないのです。僕がそれを確信したのは、レースエンジニアをしていた2012年に初開催のインドGPへ行った時でした。


 インドのサーキットは1コーナーのブレーキングがきついのですが、ロマンはそこで何度もタイヤをロックアップさせて、まともに1周走れなかったことがありました。データを見ると、ロマンはブレーキング時にキミよりもかなり突っ込んでいたので「ブレーキングポイントをキミと同じところまで戻せ」という話をしたのですが、ロマンはまったくそれができませんでした(キミのブレーキングポイントでもすでにほぼギリギリだったのです)。

ロマン・グロージャン(ロータス)
2012年F1第17戦インドGP ロマン・グロージャン(ロータス)


 あまりに酷かったのでFP1終了後にロマンのところへ話しに行くと、「自信がない」と落ち込んでいました。彼はどんなサーキットでも最初から速いけれど、それは彼が常に一番じゃないと認められないという環境で育ってきたからということも関係していると思います。だから徐々に限界に近づくということをせず、一発で速いタイムを出そうとするのです。


 また彼は世界中の人が自分の一挙手一投足を見ていて、FP1の1周目のタイムから評価を下されると思ってしまうのです。だからすぐにトップタイムを出したいし、サーキットによっては実際にそれができます。ただミスをした時に、自分が他人から見られていると思っているからこそ「自分のせいじゃない」ということを言わないと気が済まない。一種の自己防衛本能でしょうか。この点は徐々に改善されていきましたが、最後まで精神的な弱さを克服できなかった部分もあります。


 今だから言える話ですが、2014年第11戦ハンガリーGPで、ロマンはセーフティカーラン中にタイヤを温めていた際、ターン3で縁石に乗ってクラッシュしてしまいました。この瞬間にロマンは僕に「(クラッシュしたのは)お前が無線で喋るからだ」と言ったのです。僕はそんなはずはないとかなり腹が立ったのですが、万が一のためにテレメトリーを見直して、僕が最後に無線で話したのはロマンがピットストレートを走っていた時と再確認しました。


 もし彼がピットウォールに戻ってきた時に同じことを言うのなら、本当のことを言おうと思っていたのですが、ロマンは僕の顔を見てすぐに「本当に悪かった」と謝ってくれました。自分のミスだとわかっているのですが、その瞬間にはそうは言えないのです。謝ってくれたから僕もそれ以上は何も言いませんでしたが、こういうことを言ってしまうのも精神的な弱さが理由のひとつです。

ロマン・グロージャン(ロータス)
2014年F1第11戦ハンガリーGP セーフティカーラン中にクラッシュしたロマン・グロージャン(ロータス)


 サーキットでのロマンはまるで“鎧”を着ているようで、パドックという場所は彼には合っていないと感じました。でもサーキットを離れて、たとえば家に遊びに来ると、僕の子供たちと楽しそうに一緒に遊んでくれるすごくいいお父さんです。そういう姿を見ているとこれが本当のロマン・グロージャンという人間なんだと思います。家族のことをすごく大事にしていて、優しくて。バーレーンでクラッシュした時も、彼が家族のために最後まで一瞬たりとも諦めないでマシンから脱出してきたのが良くわかりました。ただ残念ながら、こんな彼の本当の姿は伝わっていないかもしれません。


 そんなロマンと一緒に、2016年からハースという新しいチームで5シーズンを過ごしました。もちろん、ロマンの貢献はとても大きかったです。新チームでは何が苦しいかというと、データ解析をはじめとしてあらゆる分野の能力が足りていないので、ロマンのような経験のあるドライバーが良いところや悪いところを指摘してくれるとすごく助かるのです。また彼のようにある程度実力がわかっているドライバーが乗ると、たとえば「ロマンの予選結果がこの程度なら、ここら辺りがクルマの限界かな」というのもわかります。


 1年目の開幕戦オーストラリアGPで6位に入賞したのは赤旗中断による棚ぼたの一面もありますが、それでもよく走ってくれましたし、第2戦バーレーンGPでの5位は、予選もレースも真の実力です。もし初年度のドライバーがエステバン・グティエレスとあまり経験のないドライバーのコンビだったら、あのような結果は出せていないでしょうし、その後のチームの成長にも大きく影響していたと思います。


 2018年には第9戦オーストリアGPでロマンが4位、ケビンが5位に入賞し、第14戦イタリアGPでは失格になったもののいいレースをしてくれました。チームのベースを作り、実力を測るための指標として常にある一定レベルの参考データをくれて、そしてチームを牽引してくれたので、本当に大きな助けになりました。これからはインディカーにレースの場を移しますが、ぜひF1で叶えられなかった勝利を獲ってきてほしいと思います。

ロマン・グロージャン&小松礼雄エンジニアリングディレクター(ハース)
2020年F1第11戦アイフェルGP ロマン・グロージャン&小松礼雄エンジニアリングディレクター(ハース)

2020年F1第8戦イタリアGP 同じフランス人ドライバーとしてガスリーの勝利を祝福するロマン・グロージャン(ハース)
2020年F1第8戦イタリアGP 同じフランス人ドライバーとしてガスリーの勝利を祝福するロマン・グロージャン(ハース)

ロマン・グロージャン(ハース)
2020年F1第5戦70周年記念GP ロマン・グロージャン(ハース)

2019年F1第12戦ハンガリーGP ロマン・グロージャン(ハース)
2019年F1第12戦ハンガリーGP ロマン・グロージャン(ハース)

小松礼雄エンジニア&ロマン・グロージャン(ロータス)
2013年F1第15戦日本GP 小松礼雄エンジニア&ロマン・グロージャン(ロータス)



(Ayao Komatsu)




レース

4/19(金) フリー走行 12:30〜13:30
スプリント予選 16:30〜17:14
4/20(土) スプリント 12:00〜13:00
予選 16:00〜
4/21(日) 決勝 16:00〜


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8位フェルナンド・アロンソ24
9位ルイス・ハミルトン10
10位ランス・ストロール9

チームランキング

※日本GP終了時点
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2位スクーデリア・フェラーリ120
3位マクラーレン・フォーミュラ1チーム69
4位メルセデス-AMG・ペトロナス・フォーミュラ1チーム34
5位アストンマーティン・アラムコ・フォーミュラ1チーム33
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7位マネーグラム・ハースF1チーム4
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9位ステークF1チーム・キック・ザウバー0
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