「この周ピットインしろ、ピットインだ」
5番手を走っていたキミ・ライコネンが、この無線を受けたのは11周目の最終シケインに差しかかろうかという時だった。すでにVSC終了のメッセージが掲示されており、ライコネンはステイアウトを望んだが、間に合わなかった。
「ピットインの決定は、かなりギリギリだったんだ。VSCは終わりかけていたし、僕としてはステイアウトしたかったけど、すでに最終シケインに向けたブレーキングに差しかかっていたから、話し合う余裕はなかったんだ」
これで15番手まで下がったライコネンは、下位集団を次々と追い抜いていったが、約10周後にピットインしたレッドブルやウイリアムズからの突き上げを喰らうことになった。
「イージーにいけ、キミ」
「後ろを抑えながらイージーになんて、できるはずないだろ!」
一方、1ストップ作戦のルイス・ハミルトンに対し、ベッテルが優勝するにはコース上で追いつき追い越さなければならなかった。そのためにベッテルは全力を出し尽くした。それがわかっていたハミルトンも、また全力でプッシュを続け、ふたりは目に見えない自己ベスト連発の激しいタイムバトルを演じていた。
「僕らは、ほぼ同じペースだったから、僕もやれることはすべてやって、勝つためにトライした。ウォールすれすれまで行ったことだって何度もあったよ。そのくらいプッシュしていたんだ。マージンを残してばかりじゃ、つまらないだろう? 僕らはプッシュするために、ここにいる。ウォールに近づけば近づくほどエキサイティングで生きていることを実感できる。それでウォールをこすらずにクリアできたら、そりゃ最高の気分さ」
これほどまでに気温が低くならず、もう少しだけタイヤのデグラデーションが金曜のレベルに近ければ、ハミルトンのタイヤは最後にタレてベッテルの逆転劇もありえたかもしれない。ライコネンの追い上げも奏功したかもしれない。
しかし今季開幕からトラブルやアクシデント、予選の不発に見舞われ続けてきたベッテルにとって、100%全開でレースを戦うことができたのは初めてのことだった。そのレースで、自分たちにも優勝争いができる力があると証明できた。
優勝という結果こそ逃したものの、カナダGPでフェラーリが得たものは大きかったはずだ。
(米家峰起/Text:Mineoki Yoneya)