マシン性能的にはすでにレッドブルが優勢だったシーズン、若いベッテルがミスを重ねる一方で、勝てないはずのレースをアロンソが腕でねじ伏せるように制覇してきた結果の、最終戦のタイトル争いだった。
18年最後のアブダビGP。マクラーレンはもうずっと前から2019年に開発をシフトし、FP1もFP3も来年の開発のために捧げていた。ここ数戦と異なるのは、他の中団チームと同様に予選に懸け、十分なセット数のハイパーソフトを用意していたこと。予選Q1で3セットのハイパーソフトを使用しながら、アロンソはQ2への進出を果たした。15位以上は無理──。それでも、Q2セッションではピットから「マジックラップをもう1周!」と声援が飛んだ。
スタート直後のターン1、アロンソはこのコースでは知り尽くしているアウト-アウトのラインを取って混乱を避けようと努めた。14番手という目立たないポジションに身を置きながら、7周目にスーパーソフトに履き替えたシャルル・ルクレールを従え、前方にはスーパーソフトでスタートしたピエール・ガスリーを捉え、タイヤを労わり、慎重にレースを運んだ。27周終了時点でピットストップした後は、最後尾からの追い上げ──。
エステバン・オコンやガスリーがリタイアした後、残り5周となったところで11番手をいくアロンソが、苦難の15〜16年の、懐かしい質問をピットに投げた。
「ファステストは何秒?」
「僕とエンジニアの間では、いつも“小さな目標”を決めているんだ。それは僕らの間のもので、結果には影響しないよ。表彰台とか優勝とか“大きなヤツ”を狙う前の、僕らのなかだけの小さな目標なんだ」
15年には、前後のラップタイムを20秒も落として回生エネルギーを貯めないと挑めないタイムに挑戦した。最後の今年は、ターン9の“不通過”でペナルティを科せられても、ものともせず自己ベストを築き続けた。ルール以上に大切なスピリットを前にして、FIAさえ形式上の“5秒加算”以上のペナルティをアロンソに負わせようとは考えもしなかった。
「F1とチームとファンと、すべてにありがとう。僕はずっと、この“ショー”が大好きだよ」と、18年のF1生活、17シーズンの戦いを終えたドライバーが言った。
「F1を離れてもずっと懐かしく思うのは、レースや勝利の記憶ではなく、F1で経験した最高の時間──。一緒に仕事をした人たち、37年の人生の半分を分かち合ってきた人たち、才能あるエンジニア、デザイナー、メカニック、プレスも含めて、みんなと過ごしてきた時間だと思う。シーズン中の僕らは多くの時間を共に分かち合ってきたし、その時間こそが僕の心に残る最高のF1だと思う」
「レースにどうやってアプローチするのか、グランプリの背景にはどんなフィロソフィがあるのか、あるいはチームがすべての分野にわたって守っている規律……他のカテゴリーで走るようになると、F1は1ステップ上のレベルにいると気づく。毎週末、世界中のどこに行っても、すべてに関して完璧を求める姿こそF1の姿勢であり、それがきっと、僕の心に残り続けるF1だ」
チーム主導、技術主導の今日のF1を、批判はしない。でも「日曜日には、ドライバーとマシンだけの世界に入りたい」、そこでの勝負に没頭できる挑戦が欲しいのだと言った。
マクラーレンのフロントウイングに記されたHASTA LUEGOは“じゃあ、またね”というメッセージ。ADIOS“さようなら”と言わないのは、これからもずっと一緒にフェルナンド・アロンソと走り続ける仲間がいるから──。それは“ドライバーとマシンに委ねられた勝負”を愛する世界中のレースファンに向けられた、約束のメッセージ。
アブダビの空に花火が弾けて長いシーズンが終わり、ハミルトンもベッテルも、来年はフェルナンドと一緒に走れないのだと初めて実感する。寂しく感じることなどないはずだと思っていたのに──終わった瞬間からすでに、ファンと同じ気持ちだ。
Sutton
(Masako Imamiya)