【中野信治のF1分析ラスト3連戦】炎に包まれたドライバーの恐怖。F1昇格決めた角田裕毅の最大の武器
2020年12月28日
王者メルセデスとレッドブル・ホンダの戦いが注目された2020年のF1もついに終結。最後の3連戦のレースの注目点、そしてドライバーやチームの心理状況やその時の背景を元F1ドライバーで現役チーム監督を務める中野信治氏が深く掘り下げてお伝えする。FIA-F2でランキング3位を獲得して2021年のF1昇格を決めたアルファタウリ・ホンダの角田裕毅についての見解は必見です。
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今回はF1シーズン最後の中東3連戦をトピックスを中心に振り返りたいと思います。まずは3連戦の初戦となる第15戦バーレーンGPですが、レースのスタート直後、ロマン・グロージャン(ハース)が大きなアクシデントに見舞われてしまいました。映像を見ている側も衝撃を受ける、本当に激しいクラッシュでした。アクシデントの映像を見てドライバーは大丈夫なのかとすごく心配でしたが、本当の意味では大事には至らず、グロージャンが戻ってきてくれたことに非常にホッとしました。
今回のアクシデントで、ヘイローを含めたクルマの安全性が非常に高くなっていること感じましたし、安全性を考えてのマシン開発、その他の技術が進化していくことの重要さや、意味のようなものを改めて痛感させられました。今後、モータースポーツ界だけではなく、みなさんが普通に乗るクルマでもそうですが、安全性を考えてクルマがどんどん進化していくことの意味など、本当にいろいろと考えさせられる出来事でした。
実際、あのスピードでガードレールにぶつかり、マシンが炎上していても少しの火傷で済んだということは、ちょっと前の時代なら考えられないことです。ガードレールを突き破っていますし、突き破り方も危険な抜け方でした。それこそヘイローがなければ頭部もヒットしていたかもしれない。
僕自身も、今回と同じというわけではないですがレース中のアクシデントで炎に包まれたことがあります。2002年のCARTマイアミ戦で火だるまになりました。チームのミスでレース中、ブレーキングでタンクから燃料が吹き出してしまい、その燃料が僕の体全身にかかり、すぐに火がついて火だるまになってしまいました。
燃料がエタノールだったので炎が見えなくて、消し止めに来るまでの時間も掛かってしまいました。結構ギリギリのタイミングだったのですが、たまたまピット入口がある最終コーナーでそのような事態になったので、火が付いた瞬間そのままピットに入りました。でもクルマの中は熱いなんてもんじゃないですし、走っていられなかったのでピットロードに入った瞬間にマシンを止めました。
なんとかマシンから抜け出すことができて転げ回っていましたが、マイアミでの初めてのレース開催だったのでマーシャルも慣れていなくて、火がついていることにすぐには気付いてくれませんでした。ですが本当に運が良かったことに他のチームのメカニックが『火がついてるぞ!』と気づいてくれて、水を掛けて消火してくれました。
グロージャンもそうでしたが、僕もグローブの部分が熱で焼けてしまって、手の皮が半分なくなってしまいました。そんな経験が僕にはあったので、グロージャンの包帯姿を見て『自分もあんな風になったな』とマイアミの件を思い出しましたね。
火だるまになったときには、やはり手の部分がどうしても完全には防御できません。レーシングスーツの耐火性も徐々に改良されて、数十秒間はなんとか燃えないように進化しているのですが、グローブは革の部分もあるので、どうしても熱を持ってしまいます。
今になってこのように火だるまになった時のことを話していると『よく冷静に対処しましたね』などど言われるのですが、とんでもない。クルマの中では大パニックでしたよ(苦笑)。
あの時はパニックでマシンに備えられている消火ボタンを押す余裕すらなかった。消火ボタンを押したところで『もしこれが動作しなかったらどうする…』みたいな訳の分からない思考になっていたし、それよりもコクピットの中に炎が燃え広がっているので、一刻も早く脱出しないといけない。手も足も全身すべてが炎の中で燃えていました。
手は火傷してしまいましたが、体は数箇所火傷しただけで済みました。なんの虫の知らせか、たまたまその日の朝にレーシングスーツを新しくしていて耐火性能は高かったと思いますし、火が出たところもピットに入れる場所だったので、いろいろな幸運が重なって助かることができました。それでももちろん、火だるまになったときは熱いなんてものじゃなかったです。
僕の場合はメカニックのミスだったのですが、グロージャンのアクシデントを見たときに、その当時のことを思い出してしまいましたね。おそらく今回のグロージャンの体には直接的にガソリンが付いて火が付いたというわけではないように見えましたが、やはり周りの炎でグローブの部分が熱を持ち手の部分は火傷してしまったのだと思います。
手の火傷は僕の場合、3週間後に次のレースがあったので、すぐにアメリカから日本に戻り、日本で火傷に有名な病院に毎日通って再生治療を受けました。そこで治して、3週間後のレースには包帯がぐるぐる巻きの状態でしたが出場しました。
僕の時代はヘイローもなかったですが、ちょうどHANSが出始めてきていて、実験的に使っていたのが我々チャンプカーのドライバーたちでした。そのHANSも当時はいまいち使いづらくて、性能や形もパッとしていませんでした。
今では本当に当たり前の装備になりましたが、僕がオーバルコースでレースをしていたときはセーフバリアやHANSがない時代でした。僕もそんな時代にオーバルで大事故をしているので、そういったことを考えると、今はバリアやHANSもあって、マシンも少しずつ安全な方向になっていることに感謝しないといけないなと思います。
■ラッセルの不運とペレスの幸運、ショートサーキットで開催の第16戦
続いて第16戦のサクヒールGPですが、こちらは同じバーレーン・インターナショナル・サーキットですが、アウタートラックと呼ばれる外周レイアウトでレースが行われました。コースの感想としては、これまでのF1であまり存在しないレイアウトなので、ドライバーにとって面白いサーキットだったんじゃないかと思います。見ている側も新鮮でした。
普段使っているサーキット路面と、使っていない路面との繋ぎ目でクルマが跳ねてしまっていたり、極端にグリップが変わるということが起こっていました。あのような路面はクルマが予期しない動きをするので、ドライバーは新しい走行ラインや走らせ方を見つけたり、セットアップなどで対応を考えます。ドライバーとチーム、想像力というかイマジネーションの部分で差が出てくる部分ですね。
見ていると、ドライバーやチームごとに使用しているラインも全然違っていて面白かったですね。そして最終的にはみんなが同じラインを使っていたので、『流石F1ドライバーだな』と思いながら見ていました。レコードラインでクルマが跳ねても、ほんの少しだけラインを外せば跳ねなくなるという路面はやはりありますからね。
最初はその路面の特徴を早く見つけているドライバーと見つけていないドライバーとで差がありましたし、そこは見ていて面白かったですね。1周が予選で53〜54秒というショートサーキットで、オーバル的な面白さもあると思うのですが、基本的にはストップ&ゴーなレイアウトでした。
純粋な意味でのドライビングを楽しむという意味では、それこそ鈴鹿サーキットやシルバーストーン、スパ・フランコルシャンなどに比べると、いわゆるコーナーリングを速く走る醍醐味みたいなものは若干下がるとは思います。
ただ、オーバル的なレイアウトでしたがコーナーもないわけではなく、ドライバー的には攻めなくてはならないですし、今までのサーキットと特性もまったく違います。ドライバーは、新しいものと出会ったときにはモチベーションが上がるので、そういった意味での楽しさはあると思います。1周53〜54秒の短さで、ゴーカートコースのようなイメージだと思いますので、僕は新鮮に感じましたね。意外と楽しんでいるドライバーも多かったのではないかと思います。
そんなサーキットで、ルイス・ハミルトンの代役として急遽メルセデスのステアリングを握ったジョージ・ラッセルが活躍を見せました。メルセデスとウイリアムズのマシンではタイムが秒単位で違うと思いますが、ラッセルはいきなりメルセデスのマシンを乗りこなしてみせましたね。ラッセルも2019年にメルセデスのマシンでテスト走行をしたことがあるので、初めてではなかったことも大きいと思います。
性能の低いクルマから高いクルマに乗り換えると、逆に『こんなに乗るのが簡単なんだ』と感じます。なので、どんどん攻めていけますし、ネガティブな部分は何もないと思います。本当に初めて乗るクルマだったら操作から覚えないといけないですが、ラッセルはメルセデスで走った経験があるので、そういった意味ではチームとの仕事の進め方なども分かっているはずです。
ドライビングという面では、メルセデスのほうがクセが少なく乗りやすいクルマだと思うので普通にドライバーは順応できると思いますし、難しいところから簡単なところに行くぶんには、あまり問題にはならないと思います。
ラッセルはもともとスピード感覚を持っているドライバーですし、ウイリアムズでの予選を見る限り、非常に速くて良いドライバーです。もともとスピードを持っているドライバーならば、速いマシンに乗ったときの適応力は早いと思います。
そんななかで起こった、ピットでのメルセデスチームのタイヤ取り付け間違いですが、僕も解説をしていて『あんなことが起こるんだな』と非常に驚きました。こんなことは過去になかったわけではないですが、ただ今の時代というか、システマジックに物事が動いている時代で、特にメルセデスという完璧に統率が取れているように見えるチャンピオンチームがあんなミスをするのがちょっと信じられないですね。
ですが、このことでモータースポーツは生身の人間がしているスポーツなんだということを、改めてメルセデスが感じさせてくれました。ラッセルにとっても、見ている側としても非常に辛くなる出来事でした。ラッセルはその後も追い上げを見せて、勝利が見えたところで、今度はタイヤがパンクしてしまうという、またしても『こんなことが起こるのか…』という事態になってしまいました。本当にあんなタイミングで……いろいろな意味で、やはりF1というのカテゴリーは本当にシビアな戦いなのだなということを感じさせる出来事でしたね。
そんなメルセデスがトラブルに見舞われているなか、優勝を飾ったのはレーシングポイントのセルジオ・ペレスでした。来季のシートが決まっていない、残り2戦のこのタイミングでの初優勝、ペレスの真骨頂が出ていたので素晴らしいのひと言でした。本当に真面目に長く取り組んできたF1ドライバーという仕事に対するご褒美なんじゃないかと、僕には見えましたね。
もちろんそのご褒美の裏には、ペレスの本当の意味での強さである『混乱のなかでもポジションを失わない』という長所が活かされ、スタートで接触し最後尾まで下がってもレースの最後まで集中力を失わず、タイヤもうまくマネージメントしていました。本当にペレスが今までしてきたことの集大成のようなレースでした。そんなご褒美がこのタイミングで来るんだと思い、僕も見ていてジーンとしましたね。
このタイミングで勝てたということは、ペレスの引きの強さみたいなものを感じます。来シーズン、ペレスはレッドブルのレギュラーシートを得ることになりましたが、このサクヒールGPでの勝利がひとつの大きい要因になっていることは間違いないですね。
■シーズンエンドで輝きを見せたフェルスタッペンとホンダF1、そして角田裕毅
■最後の最後でフェルスタッペンとレッドブル・ホンダがメルセデスに完勝
そして2020年の最終戦となる第17戦アブダビGPでは、レッドブル・ホンダのマックス・フェルスタッペンがポール・トゥ・ウインでシーズンを締めくくりました。この勝利もちょっと予想外で、いい意味で驚かされましたね。我々日本人にとっては本当に素晴らしい結果でした。
ヤス・マリーナ・サーキットがレッドブル・ホンダのマシン特性に合っていたということも大きいでしょう。対してメルセデスもそこまで苦労している様子は見えませんでしたが、いつもほどの余裕はなかったですね。コースも特殊といえば特殊なサーキットなので、その特殊な部分がメルセデスにとってポジティブに出るかネガティブに出るかで言うと、今回はネガティブな方に出てしまったということですね。
ヤス・マリーナ・サーキットは、高速コーナーがあまりなくて路面も平坦で綺麗です。ですので、他のサーキットのようにいわゆる高速コーナーが多くあり、路面がバンピーで、空力が重要かつサスペンションジオメトリーの完成度の高いクルマが絶対的に速いわけではない。なんとなく平均点のクルマでもそこそこ走れてしまうのがヤス・マリーナ・サーキットの僕のなかでのイメージです。
そういった意味でのマシンの差というのは出にくいのかなと思います。ただ、後半セクションを見ると回答性の良いマシンが速いのだろうなと感じます。そのあたりがレッドブル・ホンダのマシンに有利だというサーキットの造りになっています。
そのことに加え、今回はホンダがパワーユニットをすごく攻めていたんではないかとも思います。最終戦ということもあってエンジンを守る必要もない。ですので今回はかなりホンダが予選から決勝まで攻めていたと感じます。そのこともフェルスタッペンの優勝を後押ししたのではないでしょうか。
今回はチームメイトのアレクサンダー・アルボンも、終盤にハミルトンを追い詰めていたので、レッドブルのマシン特性だけではなく、ホンダのパワーユニットのパフォーマンスと合わせて、その両方を引き出したのがフェルスタッペンとアルボンでした。アルボンも最終戦の走りで2021年に望みを繋いだのか繋いでいないのかは分からないですが、アルボンなりの見せ場を作っていました。本当に来シーズンに繋がる終わり方でしたね。
■角田裕毅、F1昇格を決めたFIA-F2の見事な戦いと最大の武器
そして今季FIA-F2に参戦していた角田裕毅ですが、最終戦となるサクヒールGPでは2レースとも見事な走りを見せてくれました。スーパーライセンスポイントなど、結構いろいろなプレッシャーもあったとは思いますが、そんなプレッシャーなど微塵も感じさない走りをしてくれました。
レース1では、スタートでは決して無理せず、初めからタイヤマネージメントをして接触しないことを心がけていましたね。そして絶対的なペースに自信があったので、後半勝負という風に決めたレース展開のように僕には見えました。全ドライバーのなかで一番冷静にレースを進めていたのが角田でしたね。
逆に他のドライバーたちは、そんなにタイヤが持つわけないだろうというドライビング、若いドライバーにありがちなドライビングをしていましたね(苦笑)。そんななかで角田は誰よりも冷静にレースをしていて、本当に状況が見えているなと思いました。
みんなが熱くなるような状況で、あれだけ冷静にいられるドライバーはなかなかいないと思います。見ていると『他のドライバーもできそう』とも思いますが、実際はなかなかできません。それが角田の強みですね。
他のドライバーたちも、レースの前半にあれだけプッシュすれば、後半にはタイヤがキツくなることは分かっているはずです。特にレース前半はタイヤの内圧が上がっていなくて、内圧が低い状態でプッシュするとすぐにタイヤがダメになってしまいます。
角田はそのあたりを完璧に見切っているといいますか、F2初年度ながら、4〜5年参戦しているドライバーのような落ち着きをもってレースをコントロールしているなと思います。ああいった落ち着いたレースはなかなかできないと思うので、本当に角田の真骨頂ですね。
あと角田はオーバーテイクもうまいですね。自信を持って追い抜きをしているし、自分の速さを自覚しているので、スタート直後に順位を落とすことをまったく気にしていない。レース2のファイナルラップの最終コーナーでダニエル・ティクトゥム(ダムス)をオーバーテイクして2位表彰台を獲得するなど、このレースがどういうレースなのかということをすごく理解しています。状況を慌てずにコントロールできるメンタルの強さも持っているドライバーです。
角田の話ではないのですが、少し気になったのはレース2でのミック・シューマッハー(プレマ・レーシング)ですね。チャンピオンは獲得しましたが、レースの内容としてはダメでしたね。結局ノーポイントに終わって締りがないというか、最後の最後に『こういうレースをしちゃダメじゃないか』という風に思ってしまいました(苦笑)。ミックと角田の差ではないですけれども、最終戦だけを見ると角田のほうに伸びしろを感じましたね。ミックにはポイントリーダーとして、もう少し良い走りを見せてほしかったなと思いました。
F2での1年間の戦いを見てきて、角田はクルマの限界を本当に早い段階で見極めるのがうまいドライバーです。彼は時間をそんなに必要としない走らせ方をします。それはすごいアドバンテージで、ブレーキの踏み方やステアリングの切り方、タイヤの感じ方をクルマの限界点で引き出すスピードが本当に速い。それは本当にこれからの強みになっていくと思いますし、あとは冷静さですね。
イタリアのムジェロ・サーキットで行われた第9戦のときには、角田が冷静さを一瞬失ってしまっているように見えて『結構焦っているな』と僕は思いました。ですが、それ以外のレースでは本当にうまくコントロールをしていました。角田には強さもあるので、F1に昇格してからも非常に楽しみにしています。
<<プロフィール>>
中野信治(なかの しんじ)
1971年生まれ、大阪出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。現在は鈴鹿サーキットレーシングスクールの副校長にスーパーGT、スーパーフォーミュラで無限チームの監督、そしてF1インターネット中継DAZNの解説を務める。
公式HP https://www.c-shinji.com/
SNS https://twitter.com/shinjinakano24
(Shinji Nakano / まとめ:autosport web)
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