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ほんのわずかな集中の途切れをモナコは許さない/森脇基恭氏が語る1988年アイルトン・セナのクラッシュ

2020年5月28日

 本来であれば、F1シーズンのなかで最も歴史があり華やかな『モナコGP』が5月24日に開催される予定だった。しかし、今年はコロナパニックにより異例の中止。実にモナコGPの歴史のなかでも1954年以来のハプニングだ。


 そこで、『F1速報』ではモナコGP号が発売される予定日だった5月28日、同グランプリの歴史に欠かせない名勝負をまとめた『F1速報CLASSICS モナコGP号』を刊行した。巻頭特集では、モナコGPで最多勝&最多ポールポジション記録を持つ、アイルトン・セナの軌跡を大特集。今回は、そのなかでF1速報誌の解説者でもある森脇基恭氏が1988年モナコGPでのセナのクラッシュについて語ってくれたページを抜粋してお届けしよう。
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■ドライバーの技量が試され、そのすべてが現れる

 モナコGPは特別なグランプリです。F1が世界選手権となった1950年からさらに20年あまり遡る1929年から始まった歴史の重みもさることながら、モンテカルロの狭い市街地を舞台とする一種異様な、いや現代においては異常なレースと言ってもいいでしょう。それでも、このコースに文句を言うドライバーは存在しません。それどころか、すべてのドライバーがモナコで勝つことを夢に見、勝利の栄冠を手にしたいと願います。「モナコの勝利は、ほかのグランプリ3勝分に値する」とまで言われているのです。


 それは、モナコGPの歴史や華やかさが比類ないものであるとともに、ドライバーの技量が試され、そのすべてが現れるレースだからです。アップダウンのある3.337kmの狭いコースはガードレールに囲まれ、目線の低いドライバーにとってこれは恐怖でしかありません。ガードレールとの勝負はちょっとしたミスが大クラッシュに直結します。そして一瞬の躊躇や恐れがタイムロスとなるのです。


 ギリギリを攻めるだけでなく、うまく接触してタイムを稼がなければならないわけで、ガードレールを15mm押せば好タイム、20mm押したらクラッシュというくらい、繊細なコントロールが必要です。タイヤの切れ角でいえばわずか1mm程度の、本当に微妙なステアリング操作が求められるのがモナコなのです。


 モナコで速く走るためには、自分の手足となるマシンへの絶対的な信頼、高いレベルのドライビングテクニック、そして自分の技術を冷静に制御できる強い意志が必要です。したがって、誰よりも速く走った者、つまりポールシッターは昔から高く評価され、ドライバーにとって大きな勲章となるのです。アイルトン・セナはモナコGPでのポールポジション、優勝の両方で最多記録保持者であり、この記録はセナが伝説のドライバーである理由のひとつであることは間違いありません。


 ドライバーが圧倒的主役のモナコですが、マシンについても少し触れておきましょう。モナコには一般車でも厳しいヘアピンがありますが、ホイールベースが長く小まわりのきかないF1マシンには難所といってもいいコーナーです。このためモナコではデフを工夫したり、フロントタイヤの切れ角を調整します。


 また、ガードレールとの接触に備え、サスペンションのアーム類は強度を上げ、低速コーナーに対応するためダウンフォースは最大にするのがモナコ仕様です。エンジン(パワーユニット)がピークパワーを使い切ることはできないコースですから、ピックアップやドライバビリティの勝負となります。

ちょっとしたミスが大クラッシュに直結するモナコ・モンテカルロ市街地コース
ちょっとしたミスが大クラッシュに直結するモナコ・モンテカルロ市街地コース

「モナコの勝利は、ほかのグランプリ3勝分に値する」と言われており、ドライバーにとっては大きな勲章となる。
「モナコの勝利は、ほかのグランプリ3勝分に値する」と言われており、ドライバーにとっては大きな勲章となる。

■誰もが驚きを隠せなかったレース終盤のドラマ

 モナコGPは過去に数々のドラマを生んできました。そのなかでも私が印象に残っているのは1988年のレースです。この年マクラーレン・ホンダに移籍したセナは、予選でチームメイトのアラン・プロストに1.427秒の大差をつけてポールポジションを獲得しました。


 モナコでの1.5秒は圧倒的な差です。負けてしまったプロストは、当然のようにマシンのセッティングやホンダエンジンのパワーがおなじではないと、大差の理由の矛先をチームやホンダに向けてきました。セナは開幕から3戦連続のポールポジションでしたが、モナコという特別な舞台での予選結果は、セナにとっては最速の、そしてプロストにとっては最大の屈辱の象徴ともいえるものでした。


 レースでもセナの勢いは止まりませんでした。モナコ連勝を狙うセナは、スタートから鬼神のような走りで2番手のゲルハルト・ベルガー以下に1周で1秒以上速いペースで差を広げ、まさに独走で駆け巡ります。一方、ベルガーに抑えられ3番手を走行していたプロストは、ようやく54周目に2番手に浮上しセナを追い上げる態勢に入りますが、すでにセナとの差は1分近くにまで広がっていました。誰もがセナの勝利を疑うことなく、レースは終盤を迎えました。


 しかし、残り11周となった67周目、あろうことかセナはトンネル手前のポルティエの出口で単独クラッシュを喫し、あっけなくリタイアとなってしまいました。マシンを降りたセナは、しばらくマシンの左側を確認していましたが、憮然とした表情を見せながらマシンを離れ、ピットには戻らずそのまま姿を消してしまったのです。


 レースは、絵に描いたようなタナボタでプロストが優勝しました。レース後、一時はマシントラブルが噂されましたが、結局は完全なセナのミスでした。ポルティエの右側縁石にほんの少しリヤタイヤが乗ったところから姿勢が崩れ、コントロールがほんの少し破綻しただけなのですが、モナコのコースはそれを許しませんでした。テレビ解説で現地に赴き、セナの勝利を確信していた私は、多くの関係者やファン同様、驚きを隠せず大いにショックを受けたことをよく覚えています。


「あのセナが……信じられない」と。


『モナコの怖さ』をあれほど実感したレースはありません。予選での圧倒的な速さ、レースでの大量リード、誰もがセナが勝者に最もふさわしいドライバーだと思っていました。もちろん本人もでしょう。しかし、ほんのわずかな集中の途切れ、魔の差したような瞬間をモナコのコースは許さないのです。F1のなかで最も恐ろしいグランプリがモナコ、それを目の当たりにしたレースでした。

1988年F1モナコGPを戦うアラン・プロスト(マクラーレン・ホンダ)
1988年F1モナコGPを戦うアラン・プロスト(マクラーレン・ホンダ)

自らのミスでリタイアとなったアイルトン・セナ(マクラーレン・ホンダ)
自らのミスでリタイアとなったアイルトン・セナ(マクラーレン・ホンダ)

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 F1速報CLASSICS モナコGP号では、本稿のほかにもセナの1987年モナコ初優勝から1993年のモナコ通算6勝目までの軌跡、1984年大雨のなかデビューイヤーの2位を獲得した伝説の一戦、またセナを支えた当時のホンダF1関係者の証言などを特集。いまも語り継がれる1996年オリビエ・パニスの大逆転優勝劇を、無限ホンダの元エンジニアである坂井典次氏の回顧録も交えてお届けする。


 また名勝負戦では『サンマリノの悪夢』直後の異様な雰囲気で開催された1994年と、ミハエル・シューマッハーの開幕6連勝が脆くも崩れた2004年、またルイス・ハミルトンが終盤のピットイン判断を誤り勝利を失った2015年などをピックアップ。ほかにも本誌執筆陣による、それぞれのモナコGPの思い出や考察、歴代全リザルトを掲載するなど充実した内容でお送りする。


『F1速報CLASSICS モナコGP号』は5月28日(木)より全国の書店やインターネットを通じて発売中。また6月18日(木)には『CLASSICS カナダGP号』、7月2日(木)には『CLASSICS フランスGP号』を刊行予定だ。モナコGP号の詳細については三栄ホームページ(https://www.sun-a.com/magazine/detail.php?pid=11410)まで。

『F1速報CLASSICS モナコGP号
『F1速報CLASSICS モナコGP号』の詳細と購入はこちらまで



(Tsuyoshi Fukue)


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