2026.03.13
【F速プレミアム】
グランプリのうわさ話:マリオ・アンドレッティ、自身の名が元になったキャデラックF1のマシンにご機嫌
(c)XPB Images
事件はサーキットの外でも起きている。もちろん、サーキットの中で起きているのは言うまでもない。水面下で蠢くチーム、ドライバー、グランプリにまつわる未確認情報を調査員が独自に追跡。ここでは、そんな報告書を一部公開する。
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マリオ・アンドレッティが、キャデラックにとって最初のグランプリを見逃すはずがなかった。新チームが初代マシンを彼の名にちなんで『MAC-26』と命名したとなれば、なおさらだ。
1978年のワールドチャンピオンは我々にこう語った。「この年齢になると、もう新しいことなど何もないと思うものだろう。だが、自分の名前が付けられたF1マシンを持つというのは、間違いなく私にとって初めてのことだ」
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86歳とは思えないほど頭脳明晰なアンドレッティは、さらにこう付け加えた。「今年はかなり多くのグランプリに行くことになると思う。このプロジェクトの一員でいられるのが本当に楽しいからね。ただし、もちろん私にとっての優先事項は今でもインディカーだ。だから今週末は別として――キャデラックの最初のレースを見逃すわけにはいかないだろう?――F1とインディカーの日程が重ならない時に来ることになる」
キャデラックのホスピタリティエリアでかなりの時間を過ごしていたアンドレッティは、かつての好敵手ジャッキー・スチュワートとも長い時間をともにした。スコットランド人のスチュワートは、いつものようにロレックスのアンバサダーとしてメルボルン入りしていたのだ。
長年にわたり、さまざまなカテゴリーで何度も戦い合いながらも、チームメイトになったことは一度もないアンドレッティとスチュワート。しかし、ふたりの間に深い相互リスペクトがあることは、パドックで並んで座る姿を見れば明らかだった。
■消えた中東2連戦。代役開催案は次々と浮上(c)XPB Images
4月に予定されていた中東の2レースが中止となる可能性が高まったことで、数多くのサーキットとプロモーターがF1に接触し、代替開催の契約を取り付けようとしている。
最初に探りを入れたのは商業権保有者の側で、ポルティマオ、イモラ、ポール・リカール、そしてイスタンブールに打診を行った。だが、その後すぐに、4月にヨーロッパで2レースを行うのは良い解決策ではないと判断した。
イモラやポール・リカールでは特に、その時期に悪天候となるのは珍しくない。それに加え、チーム側はステファノ・ドメニカリに対し、モナコへ向かう5月末までにモーターホームやトラックの整備と改修を済ませる予定になっていると説明した。そのため、もしヨーロッパで2戦を行うのであれば、それらをフライアウェイ戦として扱うしかない、というわけだ。
バーレーンとサウジアラビアに渡航できない場合、選手権は22戦になると受け入れたドメニカリは、他のあらゆる可能性を退けた。たとえば、日本で連続開催を行い、2戦目を鈴鹿か富士で実施する案も持ち上がったが、彼はそれにも応じなかった。
この案では、1995年に1月17日の地震の影響で山あいのサーキットでのレースが延期され、英田(現・岡山国際サーキット)と鈴鹿で連続開催が行われた前例が引き合いに出された。
だが、最も突飛な提案はビクトリア州首相からのものだった。F1に対し、来月もう一度メルボルンへ戻ってきて2戦目を開催しないかと持ちかけたのだ。しかし、この提案は商業権保有者によって静かに無視された。
■古い因縁は消えず。ガスリー対オコン、そしてローソン対ペレス(c)XPB Images
開幕戦は、古い確執が簡単には消えないことを改めて示した。かつてからの宿敵同士によるいくつかの衝突は、ふたりのドライバーの間で最初に小さないざこざが起きてから何年が経とうとも、怒りを伴う争いは終わらないことを証明していた。
メルボルンでピエール・ガスリーとエステバン・オコンが火花を散らしたのは、驚くようなことではなかった。開幕戦最後の1ポイントを巡る争いのなかで、かつての友人を抜こうとしたアルピーヌのドライバーは、何度か一線を越えかけていた。
オコンとガスリーは、20年ほど前に小さくも才能豊かな若手ドライバー集団の一員だった。そして当初は良好な関係にあったが、カート時代のある一件がすべてを永遠に変えてしまったのだ。
オコンは先週日曜のレースで起きた件について問題はないと受け流したものの、ガスリーはハースのドライバーと和解を試みるつもりはないことを明確にした。
「もう20年間ずっと話してきたが、何ひとつ変わらない。意味がないよ……」
さらに後方では、リアム・ローソンと復帰組セルジオ・ペレスの間にも、ちょっとした場面があった。
ひどいスタートから挽回を図っていたニュージーランド人のローソンは、3コーナーでメキシコ人のペレスを抜こうとしたが、キャデラックの外側から回り込もうとして立ち上がりで行き場を失った。グラベルに飛び出すのを避けるために引かざるを得なかったローソンは、即座にチーム無線で「こいつ、何なんだよ?」と吐き捨てた。
その後も彼は、「2年たっても、まだ根に持ってるんだな……」と主張した。これは、2024年終盤に初めてふたりがコース上でぶつかった一件を踏まえたものだった。
(autosport web)
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