【F1コラム】“メイド・イン・ジャーマニー”でF1挑戦。アウディが描くビジネス戦略の核心
ベテランモータースポーツジャーナリスト、ピーター・ナイガード氏が、F1で起こるさまざまな出来事、サーキットで目にしたエピソード等について、幅広い知見を反映させて記す連載コラム。今回は、F1への準備を進めるアウディの現状についてまとめた。アウディはザウバーを買収し、パワーユニット(PU)は自社で開発・製造し、2026年からF1に参戦する。
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アウディは11月に、同社初のF1カーのデザイン研究モデル『R26コンセプト』を発表した。2026年型が正式に用意されるのは1月となるため、ミュンヘンでの発表では技術的な詳細はあまり明かされず、カラーリングも変更される予定だ。ミュンヘンでは車体はシルバー/ブラック/レッドのアウディカラーで飾られていただけで、タイトルスポンサーのレボリュートや他のパートナーの表示はなかった。

この発表会には、チームのCOOおよびCTOマッティア・ビノットとチーム代表ジョナサン・ウィートリー、レギュラードライバーのニコ・ヒュルケンベルグとガブリエル・ボルトレートが出席、トム・クリステンセンをはじめとする多くの元アウディドライバーも姿を見せた。
アウディはF1の新参ではあるが、アウディCEOゲルノート・デルナーは、アウディの他のモータースポーツカテゴリーでの成功を、次のように強調した。
「アウディのF1の物語は今まさに始まったばかりだが、モータースポーツは常に我々の一部であった。1930年代のアウトウニオン・シルバーアローからツーリングカーやラリーでの支配、そしてル・マン24時間でのハイブリッドによる勝利に至るまで、アウディが参戦したレースシリーズでは常に成功が続いてきた」
「アウディは単に競争するためだけに参入したことはなく、リードし、革新し、勝利することを目的としてきた。F1でもまさにそれを目指している。我々は勝ちたい。同時に、一朝一夕でF1のトップチームにはなれないことも理解している。時間と忍耐、現状に対する不断の問いかけが必要だ。2030年までに我々は世界選手権を争う存在になりたいと考えている」

F1プログラムには、アウディのイメージを変える狙いもある。
「我々のF1参入はより大きなものの一部である。それは、グローバルな舞台での競争力強化を目的とした企業の刷新の次の一歩だ。F1では一秒一秒が勝負だ。成功にはパフォーマンス、精密さ、チームワークが要求される。この考え方が社全体に新たなパフォーマンス文化をもたらし、よりスリムで迅速、そして革新的なアウディへの変化を促す触媒となるだろう」
アウディのF1プログラムは、2024年に約6億ユーロで買収したと報じられているザウバー・チームを基盤としている。これに加えて新しいF1エンジンの開発にも巨額投資が必要になるが、アウディのCFOユルゲン・リッテルスベルガーは、F1はグループにとって「健全なビジネス」であると確信している。
「F1は単なるモータースポーツ以上のものだ」とCFOリッテルスベルガーは言う。
「それはエンターテインメントであり、感情であり、技術であり、同時に挑戦でもある。まさにこの組み合わせが、我々を望む方向へ導いてくれる。つまり、アウディにとって新たな顧客層を魅了することだ」
「F1の巨大なリーチにより、特に急成長している若いファン層に関して、我々のブランドの新たな顧客を惹きつける機会を得られる。コストキャップのおかげで、F1はかつてないほど財務的に持続可能になっている。スポンサーシップの展開、チーム評価、F1全体の収益ポテンシャルの発展を見れば、あることが明らかになる。それは、この道筋はアウディにとって経済的にも完全に理に適っているということだ」

アウディF1チームはスイスのヒンウィルにあるザウバーの本社を拠点とするが、アウディの新しいF1パワートレイン(エンジン+ギヤボックス)はドイツのノイブルク・アン・デア・ドナウにある同社の既存のモータースポーツ本部で製造される。
ドイツでF1エンジンが製造されるのは、15年以上前にBMWが自チームを閉鎖して以来のことであり、アウディは新しいパワートレインが“メイド・イン・ジャーマニー”であることを強調することを重視しているように見える。これは、F1エンジンを英国ノーサンプトンで製造しているメルセデスに対するささやかな当てつけとも受け取れる。
アウディのパワートレイン開発は2022年に始まり、最初のエンジンは2024年にダイナモ上で始動した。ノイブルクの工場は近年新しい設備で拡張され、バーチャルシミュレーションやデジタル開発ツールが重要な作業を行っている。
新世代F1エンジンのトラックでのテストは2026年初めまで行われないため、そうしたデジタル技術は特に重要である。アウディ製F1パワートレインの最初のバージョンはすでに完成している。
ザウバーはこれまでも経験豊富なF1スタッフを誘致するのに苦労してきた。多くの経験者は主に英国出身であり、ヒンウィルへ呼び寄せるのが難しかったため、アウディは適切な人材を惹きつけるために英国ビスターに部門を設置した。そこはいわゆる“モータースポーツ・バレー”の真ん中に位置し、7つのF1チームと多数の下請け企業が拠点を置いている地域である。
アウディにとって、2026年はF1デビューに最適なシーズンである。パワートレインとシャシーの両方で完全に新しいレギュレーションが導入されるため、アウディはライバルたちとほぼ同じ出発点から始められるのだ。場合によってはアウディは若干リードしているかもしれない。というのも、既存のチームは2024年と2025年には多忙なシーズンをこなしていたが、アウディは参戦初年度に向けて開発に専念することができたからだ。
2024年に4ポイントしか獲得できず、コンストラクターズ選手権で最下位10位に終わった後、ザウバーはバルテリ・ボッタスと周冠宇を外して、ニコ・ヒュルケンベルグとガブリエル・ボルトレートをドライバーに起用した。チームは着実に進歩し、ヒュルケンベルグがシルバーストンで3位表彰台を獲得するなどして2025年にはチームは70ポイントを稼ぎ、コンストラクターズ9位を獲得した。

PUシミュレータードライバーとして、WECでポルシェのファクトリードライバーとしても活動し(2016年の世界王者およびル・マン優勝経験あり)、F1でレッドブルのテストドライバーを務めた経験を持つニール・ジャニが貢献している。ドライバー育成に関しては、ザウバーのプログラムは終了し、アウディのジュニアプログラムが創設される見通しだ。最初のメンバーは、イギリス出身のフレディ・スレーターになるものと考えられている。