パドック裏話:戴冠を祝う準備をしていたマクラーレンの後始末
F1ジャーナリストがお届けするF1の裏話。第17戦アゼルバイジャンGP編です。
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アゼルバイジャンGPは、マクラーレンにとって祝いの週末になるものと予想されていた。アンドレア・ステラが率いるチームが、バクーで2シーズン連続のコンストラクターズ選手権タイトルを獲得するには、それほど難しくないと思われる条件をクリアするだけでよかった。フェラーリより9点多くポイントを獲り、かつメルセデスに対して12点、レッドブルに対して33点を失いさえしなければ、それで彼らの戴冠が決まったのである。
また、それは残りレース数で言うと史上最速のタイトル決定にもなるはずだった。アゼルバイジャンを終えると今季の残りは7戦で、レッドブルが2023年に最速のペースで選手権を制したとき、残されたレースの数は6戦だったからだ。
だが、事態は目論見どおりには運ばなかった。
この週末、マクラーレンはコース上では初日からトラブルに見舞われた。FP1でオスカー・ピアストリのパワーユニットに問題が発生し、ランド・ノリスもFP2でウォールをヒットして、走行時間の多くを失ったのだ。
自信満々で週末に臨んだチームメンバーたちも、にわかにナーバスになり始めた。金曜の時点ではフェラーリが絶好調に見えたことも、その動揺に輪をかけた。
彼らの自信は根拠のないものではなかった。今季マクラーレンは着実にポイントを重ねており、過去16戦のうち、得点がここでのタイトル確定に必要な点数に及ばなかったのはたったの一度、カナダGPだけだった。モントリオールではノリスがリタイア、ピアストリが4位で12点を加えるにとどまったのに対し、メルセデスは優勝と3位で40点を稼ぎ、フェラーリとの差も6点縮まっていた。
土曜の予選は、ピアストリがクラッシュを喫し、ノリスも実力どおりのタイムを出せないという厳しい結果に終わった。それでもなお、彼らが随所で示したペースの速さは、いずれにしてもマクラーレンが、ここで選手権争いに決着をつけると思わせるに足るものがあった。実際、7番手と9番手というスタート位置は理想的ではないものの、2台のフェラーリは彼らよりさらに後方のグリッドに甘んじ、メルセデス勢も予選トップ3には入っていなかった。
よって、ノリスとピアストリがレースで自分たちより遅いクルマを追い抜き、確実にポジションを上げていけば、まだタイトルには十分に手が届くと考えられた。そして、お祝いの準備も予定どおりに進められた。
世界中を転戦するこのスポーツにおいて、ロジスティクスはきわめて複雑で難しい仕事である。ゆえに運搬するものは必要最小限とすべきところだが、マクラーレンとしてはバクーでタイトルが決まる可能性を考えないわけにはいかず、レースの週末に大量の記念Tシャツ、ワイン、ビール、シャンペンなどを持ち込んでいた。
バクーのパドックは大統領官邸の真向かいにあって、両端にはそれぞれ大きなホテルが建っているというユニークなレイアウトだ。その2件のホテルのひとつ、ヒルトンはマクラーレンの長年のパートナーであり、チームは毎年この便利な場所に宿を取っている。もちろんレース後のパーティも、ヒルトンを会場とする予定だった。
ところが、レースではピアストリがまたもやクラッシュして戦列を去り、ノリスもスタートしたポジションと同じ7位でフィニッシュするのが精一杯だった。その結果、コンストラクターズ選手権タイトルの決定は次戦のシンガポールに持ち越され、マクラーレンはある問題に直面した。用意した酒類を、どう始末するかだ。
シャンペンについては、その半数をウイリアムズのガレージに届けることで片付いた。ウイリアムズが本当に久々の、それだけに想定外だったポディウムフィニッシュを祝うのに、このプレゼントは大いに役立った。しかし、マクラーレンはその他に返金不可のバータブも手配しており、それも使ってしまう必要があった。(注:ここでの「バータブ」は前払いのクーポンのようなもの。一般にはバーで注文ごとに代金を払わず、伝票につけて最後に支払うことを言う。)
ワインのボトルは、そのまま国外に持ち出すのがロジスティクス的に難しかったため、すでに多数がパドック内の人々に配られていた。チームとその他のパドックメンバーたちは、それに加えてこのバータブも、無駄になってしまうのでぜひ使ってほしいと言われたのである。ただし、マクラーレンのスタッフには、度を過ごして翌日の帰国のフライトに乗り遅れないようにとの注意が与えられた。
もしタイトル獲得が決まっていれば、帰国便に乗り遅れても笑って許されたかもしれない。だが、今回のバクーでは祝うべき理由があったわけではなく、チームとしては取り残されたメンバーへの対処で、余計な頭痛の種を抱えたくはなかったのだ。
もちろん、このマクラーレンの後始末のおこぼれにあずかった人たちのなかには、翌朝ひどい二日酔いを抱えていた者もいた。だが、F1のパドックの住人たちが、シンガポールでも同様の幸運に恵まれることはまずないだろう。