【F1チームの戦い方:小松礼雄コラム第20回後編】孤軍奮闘のミックが見せた納得のレース。成長が見えたルーキーシーズン
2021年シーズンで6年目を迎えたハースF1チームと小松礼雄エンジニアリングディレクター。最終戦アブダビGPではニキータ・マゼピンが新型コロナウイルスに感染し、日曜日はミック・シューマッハーひとりでレースに臨むことになった。なんとかライバルに勝とうと後方からソフトタイヤでスタートしたシューマッハーは、カタールGPのような会心のレースでシーズンを締めくくったという。
コラム第20回は、前編・後編の2本立てでお届け。後編となる今回は、第22戦アブダビGPの現場の事情、そして昨年から取り組み続けているチームの組織づくりについて、小松エンジニアが振り返ります。
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2021年F1第22戦アブダビGP
#9 ニキータ・マゼピン 予選20番手/決勝欠場
#47 ミック・シューマッハー 予選19番手/決勝14位
2021年シーズンもいよいよ最終戦を迎えました。アブダビでは日曜日の朝にニキータが新型コロナウイルスに感染してしまい、残念なことにレースはミックひとりで戦うことになりました。彼以外にもニキータの濃厚接触者として彼のレースエンジニア、パフォーマンスエンジニアやフィジオの計4人をすぐに隔離しPCR検査を行いましたが、幸いにも彼らは全員陰性で、無事帰国することができました。
この数戦を振り返ってみると、思ったよりも他のチームと近いところにいるなと感じました。今回の予選でも、ミックはミスをしたにもかかわらず17番手ジョージ・ラッセル(ウイリアムズ)と0.5秒差、18番手キミ・ライコネン(アルファロメオ)と0.127秒差だったので、順位は19番手ですが心配していたほどのタイム差はありませんでした。
もちろんこれはミックの予選パフォーマンスがよくなってきていることもあるし、エンジニアたちがミックに合うセッティングをより理解して、絶対的なパフォーマンスは変わらなくても彼の乗りやすいクルマに仕上げることができていることも理由のひとつです。
レースに向けてのシミュレーションでは、ミディアムタイヤ〜ハードタイヤの1ストップが原則でしたが、それでも僕は「ミックをソフトタイヤでスタートさせたらどうなるか、ほぼすべてのシチュエーションを網羅して、そのうえで数字をだしてほしい」とスタッフにお願いしました(この時点ではまだニキータが陽性だと判明していなかったので、戦略を分ける可能性がありました)。日曜日の朝に渡されたデータを見ても、もちろんミディアムスタートの1ストップ戦略が最適でした。
それでもどうしてソフトでスタートする戦略を選んだのかというと、正攻法ではウチが唯一戦える可能性のあるウイリアムズに勝てないし、ウチより速い彼らの後ろにいたら何もできずに離されていくのが目に見えていたからです。だから第1スティントで彼らの前に出られるチャンスを作らないといけないので、最適な戦略でなくてもソフトスタートを選択し、1周目にアグレッシブに攻めてミックに1台でも2台でも抜いてもらおうと考えました。
そのレーススタート自体はミックは失敗してしまったもののターン1までには追いついて、その後ジョージ・ラッセル(ウイリアムズ)の前に出ました。ソフトなのでタレるのは早いけれど、ラッセルに抜かれては元も子もないので、とにかく攻めるよう指示しました。第2スティントで履く予定のハードは40周ぐらいが限界とみていたので、正攻法なら18周目辺りまでピットインできませんが、ウイリアムズに先にピットインされることを避けるためにも、とにかく攻めて前のラティフィについていき、それでもペースが上がらなくなって差を縮められなくなった11周目にハードに交換しました。その後は想定どおりフリーエアーで走れたのはよかったです。
一方ウイリアムズがピットストップを伸ばしているうちに中団勢がタイヤを交換しはじめ、結局彼らはルイス・ハミルトン(メルセデス)とマックス・フェルスタッペン(レッドブル・ホンダ)の青旗がなくなるタイミングを待ってピットイン。そこからタイヤの違いを活かしてニコラス・ラティフィ(ウイリアムズ)がミックに近づいてきましたが、ミックはよくディフェンスしてくれたと思います。一度ターン9でアウトから抜かれても出口でポジションを取り返して、最後はラティフィがミスしてクラッシュに終わりましたが、もし彼らと同じ戦略で走っていたら、この位置で走ることはできませんでした。この戦略で前に出て相手にプレッシャーをかけることができてよかったです。これが結局ラティフィのミスを生みました。狙いどおりのレースができ、ミックも頑張ってくれて、カタールGPのような会心のレースでした。非常にいい終わり方ができたと言えるでしょうね。
さてアブダビGPでは、最終盤のセーフティカー(SC)の運用が話題になりました。個人的な意見ですが、僕もあのレースコントロールの判断は最悪だったと思います。なんといってもいけないのはルール適用の一貫性のなさです。チャンピオンシップをSCの後ろで終わらせたくないのはもちろんです。ですがSCが出た時点で残り5周ちょっとなので、少なくとも残り1周でレースを再開するためにはどの時点で何をしなければいけないかは明らかです。残り3周の時点で周回遅れのクルマにSCを追い越させ始め、次の周(残り2周)の終わりにSCを入れて、最終周にレースという方法しかないと思います。もちろん、こうすれば結果は同じくフェルスタッペンが勝っていたでしょう。しかし、その結果までにたどり着くプロセスが今回はあまりにもお粗末でした。
実際に起こったことは、まず残り3周になったところで周回遅れのクルマはSCを追い越せないと指示が出ました。テレビでも流れたと思いますが、これを受けてレッドブルのクリスチャン・ホーナー代表がレースコントロールにプレッシャーをかけ始めました。その1周半後(残り1周半)にレースコントロールはリーダーのハミルトンとフェルスタッペンの間の5台だけにSCを追い越させると判断を変えました。そしてその17秒後、SCがその周の終わりにピットインすると告知。この時点でSCはターン9です。もう行き当たりばったりとしか言いようがないですよね。これではルールに沿って一貫性をもってレースを運営しているとはまったく言えません。
こんなやり方のためにレースを落としたハミルトンやメルセデスチームはもちろん、シーズンを通してF1を観てきたファンの人たちに申し訳がたたないです。これがF1というスポーツに大きなダメージを与えたのは避けられない事実です。このことを真摯に受け止め、FIAが2度とこのようなことが起こらないように対策を施してくれることを信じています。
ドライバーふたりのルーキーシーズンを終えたところで、彼らの1年を振り返ってみます。まずニキータですが、このコラムで何度も書いた通り、彼は決して能力のないドライバーではないし、速さもあります。クルマに乗っている時の感覚やフィードバックも悪くないのですが、1年通してその長所を発揮し続けられなかったのが反省点です。ブラジルGPでは非常によくやってくれたのですが、それ以前とそれ以降は安定しませんでした。
もちろん彼に対する外野からの声などもあると思いますが、ニキータに改善してほしいと思って僕からも時には率直にいろいろなことを伝えてきました。2年目となる来季は、とにかく仕事に集中してもっとコンスタントに走ってもらいたいです。
ミックはシーズン開幕前に「うまくいった時に褒めなくていい、修正点だけ教えてほしい」と言っていたのですが、シーズン後半にはそういうことを言わなくなりました。思った以上にF1は厳しいということに気づいたのでしょうね。もちろんミックがいい仕事をした時には僕らは褒めるべきですし、彼が弱みを見せたりリラックスできる関係性を築くことができたのではないでしょうか。
オランダGPやイタリアGPでニキータと接触した時はギュンター(・シュタイナー/チーム代表)にも様々なことを言われて落ち込んでいた時もありました。そこからよく盛り返してきましたね。悪いだけじゃなくて何がよかったのかも知るべきですし、彼もきちんと人に言われたことを聞くことができるので、成長が見られました。
そしてチームとして取り組んでいる組織づくりも、いろいろなことが前に進んでいます。エアロ部門もデザイン部門も今年の初めからスタッフを変えて、新しく採用もしています。それに以前実習でハースに来ていた大学生たちが卒業後チームに正式に所属してくれたりもして、若い人たちがいい仕事をしてくれています。オフィスの雰囲気も以前より明るいし、今の状況を表すなら“希望の芽がたくさんある”という言葉がぴったりです!
この2年はクルマの性能に希望が持てないシーズンでした。2022年のクルマが突然表彰台争いをできるように速くなるということはないけれど、少なくとも他チームと戦えるクルマにはなると思います。みんなが一生懸命開発を続けてくれているクルマを走らせることが待ち遠しいです。今までとは違ってコミュニケーションもよく取れてきているし、思った通りとまでは言いませんが開発もアグレッシブなスケジュールで進んでいます。やることは山積みで、完璧には程遠いですが、とにかく楽しみです。
最後に今年1年、ハースとしては創立以来の厳しいシーズンとなりました。わかってはいたものの、毎回ポイントを獲れる可能性がゼロに近いレースをしに行くのは大変でした。そのなかでも「いつどんな状況でもベストを尽くす、諦めない、何か自分にできることを見つけて半歩でも前に出る」という姿勢だけは崩さずに、ずっとやってきました。物事がうまくいっている時って、ある意味簡単なんです。厳しい状況でこそ、その人、そのグループの真価が問われると思っています。そのなかで個人としてもチームとしても成長できたと感じています。こうして培ってきたものすべてを2022年にぶつけようと楽しみにしているので、どうかこれからも応援ヨロシクお願いします! 皆様も良いお年を!