【】【F1第9戦オーストリアGPの焦点】この勝利は、本当の意味での第一歩──。田辺豊治TDの頭脳に加わった新たなベース

7月2日

 フェラーリに追い打ちをかけるように、レッドブルからは「エンジンモード11、ポジション5──必要な時に好きなだけパワーを使っていい」という指示が飛んだ。

 フェラーリの過ちは、メルセデスだけを意識し過ぎて長い第2スティントを作ってしまったこと。チャレンジャーであるレッドブルとホンダの、パワーユニットを酷使しても何を犠牲にしても“目の前の獲物を必ず仕留める”戦い方には対応できなかった。

 66周目にはフェルスタッペンがルクレールのDRS圏内に入った。68周目のターン3ではインに入ったフェルスタッペンがクリッピングポイントで先行したが、アウトから加速したルクレールが出口からターン4に向かう区間で首位を取り戻した──。

 リヤタイヤの性能が低下したフェラーリは、アウトからターン3にアプローチすることによってボトムスピードを高く維持し、身を守るしかなかったのだ。しかし69周目には前の周回より遅いタイミングでフェラーリのインに飛び込んだレッドブルがさらにブレーキングを遅らせた。

 2台は横一列のサイド・バイ・サイドでコーナーをクリアしようとしたが、フェルスタッペンのターンインが遅れた分、アウト側のルクレールには左のスペースがなくなった。結果、フェルスタッペンの左フロントとルクレールの右フロントが接触。フェラーリはコースを外れ、ターン4に向かって加速することが叶わなかった。

XPB Images

 レース後の審議は長時間を要し、審議結果が出たのは午後7時46分──チェッカーフラッグから3時間以上が経過していた。

 ふたりの見解が妥協点を見出すことはなかった。フェルスタッペンは「2回目はちょっと深くまでブレーキを遅らせたけど」接触は「ハードに戦った結果」と言う。

 ルクレールにしてみれば「1回目は、1台分のスペースが残された。69周目もまったく同じ走りをしたのにスペースが残されず、接触が起こり、コース外に追い出された僕は加速することができなかった」のである。

「最終的には同じレース結果になるとしても、あれはオーバーテイクのやり方じゃない」「外からどう見えたか知らないけれど」──抜かれたことではなく、そのやり方にルクレールは憤慨していた。バーレーンで勝利を逃した時よりも、辛いと言った。

 フェアかアンフェアかの判断は別として、先輩ドライバーたちにも批判を浴び続けたフェルスタッペンが、今では“百戦錬磨”であるのに対して、ルクレールが昨年F1にデビューした“彗星”であることは事実。

 最初のアタックでは、ターン3のエイペックスを過ぎたあたりでフェルスタッペンが3分の2車体分ほど先行していた──。左後方のルクレールをミラーで確認するのは難しく、接触すればフェラーリの右フロントエンドプレートで左リヤタイヤを傷める可能性もあった。しかし2回目のアタックでは、フェラーリが真横にしっかり見えていた。接触してもフロントタイヤ同士で、レッドブルにリスクはなかったのだ。

 どちらを支持するにしてもこれ以上ペナルティに左右されるレースは見たくないというのが、平均的な見方。正式結果はそんな気持ちに沿うものだったが、最近の厳しい裁定と異なったことは事実だ。一連の騒動にきっぱり終止符を打つため、ドライバーをこれ以上惑わせないために、非公式でかまわないから“スチュワード判断の基準がリセットされた”理由を、次戦のドライバーズミーティングで伝えてほしい。

 15年にF1に復帰して以来、5年目の夏にホンダの季節がやって来た。刺激的なレースの末の感動が、ファンの胸のなかでどんな色彩を帯びていくのかは、これからのレース次第。

 ここが「本当の意味での第一歩」──田辺TDの言葉が力強い。心にあるのは勝利への喜びと、ともに戦ってきた仲間への感謝。技術者の頭脳には、理想のパッケージとドライバーと作戦をベストコンディションで機能させれば最速の305kmが実現するという、新たなベースが加わった。

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(Masako Imamiya)