2023.06.03

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モナコ統治者アルベール大公がモナコGPの契約交渉を引き継ぐ


(c)XPB Images
 モズレーとエクレストン時代からの最後の生き残りのひとりであるミシェル・ボエリは、長年務めたモナコ自動車クラブ(ACM)の会長の座から追い出されそうだ。モナコGPの既存契約更新のためのステファノ・ドメニカリとのすべての交渉においてボエリが重大な障害となっていることを、モナコの統治者であるアルベール2世が確信したのだ。

 すでに昨年、F1がモナコにやってくる数日前に、ボエリは日刊紙『Nice-Matin』のインタビューで、リバティ・メディアのレースプロモーターへの対応や、F1の方向性を激しく批判したため、グレッグ・マフェイがドメニカリにモナコとの交渉をすべて中止するよう指示するまでに至った。
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 この事態に、アルベール2世はACMとF1の間が円滑になるよう個人的に介入せざるを得なかった。しかし今年ボエリはまた新たにインタビューを受けて、「2025年はF1がモナコで開催される最後の年になるだろう。アメリカ人たちはお金にしか関心がない。彼らは大金を得られるのなら、ひどい場所でもF1を開催する。もちろんモナコはグランプリを開くのに年間1億ドル(約139億円)の開催権料を支払うことはできない。彼らがこのようなやり方を続けるのなら、我々は降りる」と主張した。

 このインタビューと、ドメニカリとの交渉におけるボエリの姿勢は、アルベール2世にとって我慢の限界だったようで、グランプリ中の非公式ミーティングのなかで、「私は新しい状況に適応するのが難しいという理由でミシェル・ボエリを責めるつもりはないが、ACMを代表して交渉を行うのは他の誰かの方がいいかもしれない!」と率直に認めた。

 そのメッセージは明確であり、今年後半にはACMの会長選挙が控えている。ボエリは屈辱的な敗北を避けるために、退陣を余儀なくされる可能性がある。ボエリは1972年からクラブの会長を務めているが、今後はモナコの新しい世代に属するヤン-アントニー・ノゲに道を譲ることになると見られている。アルベール大公は、ノゲがリバティ・メディアとの交渉において新しいリーダーとなることを望んでいると思われる。

 ヤン-アントニー・ノゲの名前に聞き覚えがあるとすれば、そしてそのはずなのだが、それは彼の祖父のアントニー・ノゲが、1929年に最初のモナコGPと、最初のモンテカルロラリーを開催し、兄弟のアレクサンドルとともに1910年から1953年までACMを率いていたからだ。モナコのモータースポーツシーンにおける彼の重要性は、1970年代にストリートサーキットの最終コーナーに彼の名前が付けられたことからもわかる。当時ラスカスがヘアピンではなくなり、新たなコーナーがコースに追加されたのだ。

 彼の孫であるヤン-アントニーは44歳のジャーナリスト兼テレビプロデューサーで、アルベール2世と非常に親交が深い。F1の場合は歴史的なコースレイアウトに変更が生じるかもしれないが、彼はグランプリとラリー両方の長期開催を確実なものにする可能性がある。

(Grandprix.com/Translation: AKARAG)

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