2024.04.28

【F速プレミアム】
グランプリのうわさ話:アロンソとストロール、ペナルティ累積でレース出場停止の黄信号


(c)XPB Images
 事件はサーキットの外でも起きている。もちろん、サーキットの中で起きているのは言うまでもない。水面下で蠢くチーム、ドライバー、グランプリにまつわる未確認情報を調査員が独自に調査。送られてきた報告書を公開する。
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 アストンマーティンの両ドライバーは、中国GPの後に強制的なレース出場停止処分にだいぶ近づいてしまった。フェルナンド・アロンソとランス・ストロールがそれぞれスプリントとメインレースでのインシデントでペナルティを受けたためだ。

 アロンソは、スプリントレースの終盤のカルロス・サインツとの衝突に責任があるとされ、ペナルティポイント3点を科された。ストロールは、日曜日のレースの最初のセーフティカー導入の終わりにダニエル・リカルドのRBの後ろに衝突してやはり責任を問われ、ペナルティポイント2点が追加された。
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 セルジオ・ペレスとローガン・サージェントはともに8ペナルティポイントでこの“順位表”をリードしているが、今ではストロールが7ペナルティポイントで彼らのすぐ後ろに、アロンソが6ペナルティポイントでチームメイトの後ろになった。

 ストロールのペナルティポイントは、7月のイギリスGPまでこのままだ。アロンソの場合は6ペナルティポイントが来年の3月24日まで有効だ。つまり、今年のオーストラリアGPの最終ラップでラッセルのクラッシュを引き起こしたとして科されたポイントが、来年の中国GP後にやっと消滅することになる。

ヒュルケンベルグの嬉しくない記録
(c)XPB Images
 ニコ・ヒュルケンベルグは208回のグランプリに出走したが、上海で到達したこの節目は、彼が祝いたいものではない。表彰台未登壇最多出走記録を持つことで広く知られているヒュルケンベルグは、優勝することなく最も多くのグランプリに出走した故アンドレア・デ・チェザリスに並んだ。

 1980年シーズンの終わりにF1キャリアをスタートさせたデ・チェザリスは、そのシーズンの最後の2戦にアルファロメオから参戦し、翌年はマクラーレンに移籍した。1982年から1983年にアルファロメオに復帰した彼は、1994年のヨーロッパGPで終わることになる長いキャリアにおけるベストリザルトを出した。彼のベストリザルトは1983年のドイツGPでの2位で、最後の表彰台獲得は1989年のカナダGPだった。

 ヒュルケンベルグのF1でのベストリザルトとは、2回の4位入賞のみだ。ハースは今年、最後のポイントポジションを争っていることから、彼は今から1週間後のマイアミGPの終わりに、この望ましくない統計の唯一人の記録保持者となるだろう。

熱心な中国のファンたち
(c)XPB Images
 先週末、上海インターナショナル・サーキットを埋め尽くした中国人ファンは、その多くが若年層だった。これは中国がF1に目覚めたのが、国内で国際的なイベントが開催できず、テレビ放映されるスポーツが新たなレベルの人気を博したここ数年のことであることが示されている。また、彼らは非常に熱心で声高だった。当然ながらコースの周囲に最も多くのファンがいたのは周冠宇だったものの、多くの異なるドライバーを応援していた。

 DRSキャップのような素晴らしい手製の仕掛けを思いつく日本のファンの洗練には達していないが、中国のファンは非常に独創的で、サーキットでサポートを示すために多くの宿題をしてきた。しかし、F1コミュニティを最も驚かせたのは、中国語と英語でかなりユーモラスなメッセージが書かれた何千もの蛍光色のベストが、エントリーやサーキット内で販売されていたことだ。

『ザウバーのピットクルースーパーバイザー』は、スイスのチームが開幕から抱えているタイヤ交換の問題をからかうもので人気があったが、誰もが大笑いしたのは鮮やかなオレンジ色の『ホーナーの下半身スーパーバイザー』だった。中国人スタッフは、これは中国語で『ホーナーのライフスタイルスーパーバイザー』とメッセージが書かれているのだと熱心に説明していた……。

(Translation: AKARAG)

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