2026.04.18

【F速プレミアム】
グランプリのうわさ話:ジュニア・フォーミュラで活動中のVARに元F1チーム代表が加入。F1参戦への布石か


(c)XPB Images
 事件はサーキットの外でも起きている。もちろん、サーキットの中で起きているのは言うまでもない。水面下で蠢くチーム、ドライバー、グランプリにまつわる未確認情報を調査員が独自に追跡。ここでは、そんな報告書を一部公開する。
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 かつてアルピーヌF1とアストンマーティンF1でチーム代表を務めていたオットマー・サフナウアーがファン・アメルスフォールト・レーシング(VAR)のCEO兼マネージング・パートナーに就任したことで、同チームのF1参戦計画をめぐる憶測が勢いを増している。VARは、この50年にわたってジュニア・フォーミュラの世界で確かな存在感を示してきたチームであり、数え切れないほどのタイトルを獲得し、11人ものドライバーをF1へと送り出してきた。

 フーバー・ロテンガッターが同チーム出身者として最初にF1の門をくぐったが、その後35年の間には、ヨス・フェルスタッペン、クリスチャン・アルバース、ギド・ヴァン・デル・ガルデ、ケビン・マグヌッセン、マックス・フェルスタッペン、シャルル・ルクレール、ミック・シューマッハー、オリバー・ベアマン、フランコ・コラピント、リアム・ローソンもフリッツ・ヴァン・アメルスフォールトのチームで走っている。
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 数年前にメキシコ人実業家ラファエル・ビジャゴメスに売却されたVARは、その後フォーミュラ2にも活動の幅を広げ、現在では主要なジュニアカテゴリーのすべてに参戦している。成績も一定の成功を収めており、アストンマーティンの元チーフエンジニア、ブラッド・ジョイスをフォーミュラ2チームの指揮官として迎えたことでも、野心の大きさを示していた。

 そして、元F1チーム代表の経験をもつオットマー・サフナウアーとの結びつきが加わったことで、メキシコ人実業家がF1参戦を狙っているという噂はさらに強まっている。

 ビジャゴメスはこの動きについてのコメントを避けようとしており、「今のところの計画は、フォーミュラ2とフォーミュラ3で勝つことだ」と語っている。一方のサフナウアーは、「オーナーと私は、潜在的にF1チームで協力することを検討していた。それは、何か面白い売却案件が出てきた場合でも、12番目のチームが開かれた場合でも、まだ実現する可能性がある」と計画を明かした。

 さらに彼は、「11番目のチームを立ち上げようとしていた時にオーナーと関係を築いたが、そのときはキャデラックがそれを手にした。いま12番目のチームの可能性が開かれるなら、我々はそれをやりたいし、あるいは何かに出資する形でも構わない」と説明している。

■ヘルムート・マルコ、オーストリアGPでパドック復帰へ
(c)XPB Images

 ヘルムート・マルコは、7月初めにF1パドックへ戻ってくる。シュピールベルクのレース主催者が先週発表した通り、彼はオーストリアGPで公式アンバサダーを務める予定だ。82歳のマルコは、昨年のアブダビGP翌日にレッドブルでのシニアアドバイザー職を退いている。それはオリバー・ミンツラフ(レッドブルのコーポレート・プロジェクト担当CEO)の快く思わなかったいくつかの騒動に関わった直後のことだった。それ以来、マルコは今年一度もF1のレースを現地で見ていないが、本人は今でもグランプリを熱心に追っており、マックス・フェルスタッペンとその周辺とも密に連絡を取り合っていると認めている。

 1971年のル・マン24時間レース優勝者は、今度の母国GPで大きな存在感を放つことになる。彼がまずディートリヒ・マテシッツに、レースの舞台となるサーキットの買収を勧めたのはマルコであり、さらに2014年にオーストリアをF1カレンダーへ復帰させる取引を主導したのも彼だったからだ。

 今年はまだレースもテストも現地観戦していないが、マルコはオーストリア国内のテレビや、ドイツとオーストリアのF1メディアでは変わらず存在感を示している。求められればコメントを出し続けており、レッドブル・レーシングの内情や、マックス・フェルスタッペンのキャリアについて、今も高いレベルの内部情報を持っていることをうかがわせている。

■アイルトン・セナの親友、ジャーナリストのカリン・シュトゥルムが死去
(c)

 今週初めには、ドイツ人ジャーナリストで作家のカリン・シュトゥルムが64歳で亡くなった。近年は病気のためパドックから遠ざかっていた。シュトゥルムは故アイルトン・セナの親しい友人であり、より深く言葉を交わすためにブラジル・ポルトガル語を学んだ。

 そして、1994年のセナの悲劇的な事故から数カ月後、彼について非常に個人的で感情のこもった伝記を著した。

 セナとその家族との結びつきがあまりにも深かったため、彼女はその本を書き終えるとF1の仕事から完全に離れ、当時まだ始まったばかりだったアイルトン・セナ財団のために、サンパウロでボランティアとして働くようになった。

 だが、F1の世界が彼女を放っておくことはなかった。数年後にはパドックへ戻り、全グランプリを取材するようになった。再び、F1で最も精力的なジャーナリストのひとりとして知られる存在になっている。

 彼女のイヤーブックは、ドイツでは毎年シーズン終了時に最初に刊行される一冊だった。また、シュトゥルムは、初のドイツ人F1世界王者となったミハエル・シューマッハーと、セバスチャン・ベッテルの伝記も執筆している。

 健康状態の影響で現地取材は減っていったが、それでもシュトゥルムは最後までスポーツを注視する論評者であり続けた。そして今週初め、その生涯を突然閉じたのである。

(autosport web)

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