【新連載】全24カ所のグランプリサーキットを紹介。開催時期の変更で、“最高のファン”と桜とともにF1を迎える鈴鹿/第1回
1年間で20以上の開催国を訪れる2026年シーズンのFIA F1世界選手権。グランプリを開催するサーキットは、F1が選手権として初めて開催された1950年からカレンダーに名を連ね続ける伝統あるサーキットから、比較的新しい市街地コースまで、さまざまな歴史やキャラクターを持っている。そんなサーキットをひとつずつ紹介していくこの連載で最初に扱うのは、2026年の第3戦日本GPを開催する鈴鹿サーキットだ。
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・名称:鈴鹿サーキット
・全長:5.807km
・コーナー数:18
・ラップレコード:1分30秒965(2025年)/アンドレア・キミ・アントネッリ(メルセデス-AMG・ペトロナス・フォーミュラ1チーム)

「初めて鈴鹿を走ったときから、ここは特別な場所だった。特にセクター1は独特の雰囲気がある。だから、ホームストレートを全開で駆け抜けて、1コーナーに進入していくとき、僕はヘルメットのなかで『よし、始まるぞ』って、いつも自然に笑みがこぼれているんだ。神様が作ったのかどうかはわからないけど、このサーキットには確実に何か精霊みたいなものが宿っているということをいつも感じながら走っていた」
これは2009年のF1日本GPで初めて鈴鹿を走ったセバスチャン・ベッテル(レッドブル)の言葉だ。ここから「鈴鹿は、神の手で作られたコース」と海外でも称賛される存在となった。この言葉は決して大袈裟ではない。全長5.807kmの鈴鹿には、あらゆる種類のコーナーが存在しているだけでなく、コーナー間に平坦な部分がほとんどない。それゆえ、車体のバランスが大切となり、いつも以上にセットアップが重要となる。わかりやすくいえば、鈴鹿はマシンの性能差とドライバーの腕の差が如実に出る、ごまかしの効かないコースと言える。
そのことは過去の勝者を見るとわかる。鈴鹿で行われた日本GPで予選トップ3以外から優勝したのは、アレッサンドロ・ナニーニ(1989年/6番手)、ネルソン・ピケ(1990年/6番手)、キミ・ライコネン(2005年/17番手)、フェルナンド・アロンソ(2006年/5番手)の4人だけだ。


ただし、鈴鹿の神は勝者だけに微笑むわけではない。鈴鹿にはコースを使った神とは別に、多くの精霊たちが宿っている。それはレースを愛する観客だ。F1はスポーツであるがゆえ、そこには必ず勝敗を巡って観客たちも敵味方に分かれることがしばしばある。サーキットによっては、勝者にブーイングを浴びせるケースもある。
しかし、鈴鹿の観客は、応援しているドライバーだけでなく、鈴鹿でレースするドライバーすべてに敬意を払う。ドライバーだけでなく、チーム関係者たちに対しても同様で、F1関係者が宿泊するホテルの周辺、ホテルからサーキットへ向かう途中の交差点、サーキットの入口など、木曜日の朝から多くのファンが思い思いのコスチュームを着て、横断幕を掲げながらドライバーやチーム関係者を待つ。このような光景は世界でも例がない。かつてのF1界の最高責任者だったバーニー・エクレストンが「鈴鹿のファンは、最高だ」と、賞賛していたほどだった。

そんな鈴鹿で唯一、神々たちを困惑させてきたのが天候だ。日本GPが秋に開催されていた時代は台風によって、しばしば週末のスケジュールが変更された。雨のなかで開催された2014年はレース中にコースオフしたマシンを回収していた重機にジュール・ビアンキ(マルシア)が激突。重い脳外傷を負ったビアンキはその後も意識が戻ることはなく、1年後の2015年に母国フランスのニース大病院で死去した。F1グランプリ開催中に起きた事故でドライバーが死亡したのは、1994年サンマリノGPでのアイルトン・セナとローランド・ラッツェンバーガー以来、21年ぶりのこととなった。
その日本GPも2024年より秋から春に開催時期が移動し、台風の影響を受けることはなくなった。2026年3月24日、三重県津地方気象台は平年より5日早く桜の開花を宣言。桜咲く鈴鹿で今年はだれが満開の花を咲かせるのだろうか。

