【】物議を醸したシューマッハーの黄旗とタイトル争い。擁護した元代表が「意図的だった」と認める、感情面の影響も指摘
4月14日
10年以上にわたりフェラーリの秘密を鉄の意志で守り続けてきた元チーム代表のジャン・トッドが、ついにミハエル・シューマッハーに関するふたつの暗い出来事について沈黙を破った。
F1の世界では、時間の経過が物事を穏やかにする力がある。ライバル関係は薄れ、論争は曖昧になり、かつてドライバーらを決定づけようとした過ちよりも、伝説はより偉大なものへと成長していく。シューマッハーを擁護してから約20年が経ち、トッドは当時とは大きく異なる見解を示した。
■「うっかりミス」ではなく「チャンピオンシップを逃す原因」
2006年、モナコGPの舞台であるモンテカルロ市街地コースでは、F1史上最も悪名高い予選に関する論争のひとつが起こった。トップタイムを記録したシューマッハーは、タイトなコーナーであるラスカス(ターン17)でマシンをとめて、イエローフラッグを出し、フェルナンド・アロンソ(当時ルノー)の最終ラップを妨害したのだ。
これにより、シューマッハーはタイムを抹消され、決勝レースをグリッドの最後尾からスタートすることになった。当時トッドは、シューマッハーの行為は単なる「うっかりミス」だと主張した。しかしジェイク・ハンフリーのポッドキャスト番組『High Performance』に出演したトッドは、この行為を意図的で戦術的な反則であり、それがとんでもない結果に終わったと公然と認めた。
このトッドの告白は、フェラーリが当初、シューマッハーの行為をプレッシャー下での単純なドライバーのミスとして位置づけていた姿勢からの劇的な転換を意味する。

また1997年のヨーロッパGPでのタイトル争いも、今もなお衝撃的な出来事として認識されている。ジャック・ヴィルヌーヴ(ウイリアムズ)と激しいチャンピオンシップ争いを繰り広げていたシューマッハーは、モータースポーツ史に残るようなある判断を下した。それは、ヴィルヌーヴがオーバーテイクを試みた瞬間に、そのヴィルヌーヴに向かっていくかのようにマシンのステアリングを切るというものだった。
当時のフェラーリは強固な弁護をしていたが、現在のトッドの口調は明らかに異なっている。
「彼は故意に(ヴィルヌーヴに)衝突したが、やり方が悪かった。実際、ミハエルは素晴らしい男だったが、コントロールを失うたびに非常に高い代償を払っていた」
「それでタイトルを失うことになった。ついでに言えば、2006年のモナコGPの予選では、彼はわざとスピンした。グリッド最後尾からのスタートを余儀なくされ、これもまたチャンピオンシップを逃す原因となった。つまり、彼が犯したふたつのミスのせいで、チャンピオンシップを失ったのだ」
これは驚くべき告白だ。両方の件における意図を裏付けるだけでなく、シューマッハーのキャリアにおける決定的な自傷行為として捉え直すものでもある。トッドによると、これらは単なる1回限りの論争ではなく、シューマッハーのさらなる成功を阻んだ決定的な過ちだったという。

■シューマッハーには「サポートが必要だった」
トッドは事実を修正したが、7度の世界チャンピオンであるシューマッハーを非難するまでには至っていない。むしろトッドは、エリートらによるレースの激しい感情の渦に巻き込まれたひとりのドライバーの姿を描き出した。
「あれは単なる感情だった。だからこそ、レース中の人を判断する際には、非常に寛容であることが必要だ。『こうすべきだ』、『ああすべきだ』と言うのは簡単だ。しかし実際に何かをしている最中は、脳が異なる反応をすることを理解しなければならない」
「ヴィルヌーヴより前に出なければチャンピオンシップを逃すと悟った彼は、その状況を回避しようとしたが、やり方が間違っていた。そして彼にはサポートが必要だった。あれはまずい判断だったし、必要のない行動だった」
それらの言葉には、微妙な変化が込められている。それは言い訳ではなく、説明だ。計算高いチャンピオンは一瞬本能に支配されたのだと、トッドは示唆した。
長年にわたり、シューマッハの功績は圧倒的な強さによって定義されてきた。しかし今回のトッドの告白は、偉大さにも欠点があり、その欠点が結果に繋がったと認めることで、新たな視点を加えている。これらを振り返ることで、トッドはシューマッハーの伝説を矮小化するのではなく、より人間味あふれるものにした。神話の裏には、才能と脆さ、そして時に致命的な判断ミスを犯すドライバーがいたことを明らかにしたのだ。

(Text : autosport web)

