ニューウェイのアストンマーティン加入に見るF1の変化。ティフォシを湧かせたルクレール【中野信治のF1分析/第16戦】
フェラーリの地元、モンツァ・サーキットを舞台に行われた2024年第16戦イタリアGPは、最速のマクラーレン勢が2ストップを敢行するなか、1ストップ作戦を敢行したシャルル・ルクレール(フェラーリ)がトップを守り切り、今季2勝目を飾りました。
今回はマクラーレンの敗因とルクレールの勝因、新人フランコ・コラピント(ウイリアムズ)のデビューレースや、エイドリアン・ニューウェイのアストンマーティン加入報道などについて、元F1ドライバーでホンダの若手ドライバー育成を担当する中野信治氏が独自の視点で綴ります。
☆ ☆ ☆ ☆ ☆
イタリアGPは見応えのある一戦でした。予選でのタイムの出し方を見ても、マクラーレンが決勝でも強いだろうと思っていましたが、2ストップのマクラーレンの2台に対して、1ストップを成功させたフェラーリとルクレールが勝利を掴みました。
今回のレースでマクラーレンにとって難しかったのは、ライバルと見ていたマックス・フェルスタッペン(レッドブル)がハードタイヤでスタートして2ストップとなったこと、そしてマクラーレンがチーム内バトルを許可した“パパイヤルール”の発動でした。タイヤのデグラデーション(性能劣化)の少ないレッドブルが2ストップを選んだことを知ったマクラーレンは「レッドブルが無理なら自分たちも他チームも1ストップではタイヤが保たない」と、すり込みされたイメージに惑わされてしまったように見えます。
その上で、“パパイヤルール”の発動により、ランド・ノリスとオスカー・ピアストリ)はベストラップを更新し合う走りで争い、お互いにタイヤを酷使しました。自分たちも含めて、1ストップ作戦でチェッカーを目指そうというクルマはいない、それゆえにタイヤを必要以上に保たせる必要がないと、そう考えたことが結果的にマクラーレンの敗因になったと私は考えています。
いずれにせよ、タイヤが厳しかったことに変わりはないとは思いますが、もし“パパイヤルール”が発動されずに、ピアストリとノリスがタイヤを酷使していなければ、最終盤のルクレールとのポジション争いがどのような結末を迎えたのかという部分には興味がありますね。
そして、なんといってもルクレールのタイヤマネジメントが素晴らしかった。比較的タイヤに優しいフェラーリのクルマであれば1ストップは予想されましたが、ルクレールが決勝で見せたレースペースは、どのドライバーでも同じ仕事ができたかといえば、そうではないでしょう。
ルクレールが終盤にマクラーレンの前をキープすることを見越し、セカンドスティント(2セット目のタイヤ)を迎えた早い段階からタイヤをしっかりとマネジメントして、タイムを落とさずに走り切ったことが、今回のフェラーリの勝利の一番の要因です。
フリー走行1回目(FP1)からFP2、FP3では再舗装の影響もありタイヤのグレイニング(ささくれ)が大きく、グリップをキープしづらい原因になっていたと思います。ただ、レースが後半を迎えると、再舗装された路面にもしっかりとラバーが乗って、路面コンディションが改善しました。レースになると路面が改善することは、どのチームもドライバーも想像できたでしょう。ただ、そのなかでも路面の改善具合、タイムの上がり幅も含めて、より深く路面状況を読みきったのがフェラーリであり、ルクレールだったと思います。
フェラーリは今回、モンツァ仕様のダウンフォースが少なめのセットアップで臨んだこともあり、タイヤのデグラデーションがそこまで少ないということはなく、1ストップは簡単なことではありませんでした。ただ、そんな状況でもルクレールは最後までタイヤを保たせ、トップチェッカーを受けるという大仕事を成し遂げたのだと思います。
また、決勝を4位で終えたカルロス・サインツ(フェラーリ)のアシストも、ルクレールの勝利を支えました。2台のフェラーリが1ストップを敢行するなか、背後に迫るピアストリを簡単に抜かせず、うまくDRSを活用し計3秒ほどはピアストリを抑えることができたと思います。
チェッカー時のルクレールとピアストリのギャップは2.664秒でした。あれがなければ結構きわどい状況になっていたと思います。フェラーリは1ストップ作戦に加えて、見事なチームプレイも展開し、地元モンツァに集まったティフォシに捧げる勝利を飾りました。
一方、また別の意味で注目を集めてしまったのがレッドブルでした。昨年、そして今季前半戦までの走りで、ダウンフォースの少ない、かつストレートの長いモンツァではレッドブルが強いという印象があったため、私も「モンツァではいい戦いをしてくるだろう」と思って見ていましたが、かつて見せた利点が今回のイタリアGPではまったく機能しておらず、衝撃を受けました。
一発の速さ、タイヤのデグラデーションも含めて、クルマのポテンシャルそのものがマクラーレン、そしてフェラーリやメルセデスに続く3番手、4番手だということは、セルジオ・ペレスの順位を鑑みて数戦前からわかっていたことです。そこをフェルスタッペンの能力で捩じ伏せてきたのがレッドブルでしたが、イタリアGPではフェルスタッペンの能力を持ってしても、マシンを優勝争い、表彰台争いにまで持っていくことができませんでした。
ダウンフォースが少なめのモンツァ仕様のパッケージで、よりドライビングが難しくなり、フェルスタッペンでもどうすることもできなかった。これがレッドブルが直面した現実なのでしょうね。ただ2022年以降、グランドエフェクトカー規定のもとで常にタイトルを獲得してきたレッドブルとフェルスタッペンですから、この苦境のままシーズンを終えることはないのかなと期待しています。ここからいかにレッドブルが巻き返しタイトルを死守するのかは、残る終盤戦の最大の注目ポイントとなりそうです。
また、今回がデビューレースとなったコラピントは、初のF1レースウイークながら落ち着いたレース運びを見せていましたね。予選こそアグレッシブに行きすぎた部分がありQ1敗退となりましたが、決勝に関しては100点満点と言っていい走りだったと思います。
6ポジションアップは衝撃的ですし、ファイナルラップで自己ベストタイムを刻めたタイヤのマネジメントぶりも素晴らしく、その自己ベストもチームメイトのアレクサンダー・アルボンを上回るタイムでした。今後の伸び代が十分にあるドライバーだと感じましたね。
ウイリアムズは来季のレギュラードライバーが決定していることもあり、今季の残る8レースで、コラピントがアルボンにいかに迫れるか、または越えられるかが注目ですね。ただ、2022年のニック・デ・フリース(アルボンの代役としてイタリアGPでF1デビュー)のように、モンツァは比較的新人にとっても戦いやすいサーキットでもあるので、次戦アゼルバイジャンGPを含め、3レースほどはコラピントの走りにも引き続き注視しておきたいと思います。
また、イタリアGP後にはエイドリアン・ニューウェイがアストンマーティンF1に移籍するという報道がありました。正式発表はまだですが、このニュースを目にした私は、ローレンス・ストロール(アストンマーティンF1チームのエグゼクティブチェアマンであり、ランス・ストロールの父)という人が、戦略的にF1の世界で動きを見せている証明のひとつのように感じました。
今のF1におけるチームの作り方、チームを強くする過程を見ると、ビジネスとして物事を進められるセンスのある人がチームを強くしていると感じます。それはマクラーレンのザク・ブラウンも同じですね。ここ数年、私もいろいろなところでお話ししていることではありますが、F1を問わず、レーシングチームを強くするプロセス、チーム作りにおいて求められるセンスが、時代とともに変わってきていると考えています。
ニューウェイ加入がローレンス率いるアストンマーティンにどのような影響を及ぼすのか、すべてはここから始まります。今後のアストンマーティンの動向には注目です。
【プロフィール】
中野信治(なかの しんじ)
1971年生まれ、大阪府出身。無限ホンダのワークスドライバーとして数々の実績を重ね、1997年にプロスト・グランプリから日本人で5人目となるF1レギュラードライバーとして参戦。その後、ミナルディ、ジョーダンとチームを移した。その後アメリカのCART、インディ500、ル・マン24時間レースなど幅広く世界主要レースに参戦。スーパーGT、スーパーフォーミュラでチームの監督を務め、現在はホンダレーシングスクール鈴鹿(HRS)のバイスプリンシパル(副校長)として後進の育成に携わり、インターネット中継DAZNのF1解説を担当。
公式HP:https://www.c-shinji.com/
公式Twitter:https://twitter.com/shinjinakano24