2015.11.03

【レースの焦点】0.8気圧の罠、愛すべき未知の世界


やっと手にした自分のための週末は、最高の雰囲気。ニコ・ロズベルグはメキシコの熱狂を味わいつくした
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(c)Sutton


 今宮雅子氏によるメキシコGPの焦点。標高2285メートルのアウトドローモ・エルマノス・ロドリゲスは、どんな新規開催地よりも「未知の世界」だった。コース特性とF1の帰還を喜ぶファンの歓声によって、生み出された祝祭を描き出す。

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 今日はニコ・ロズベルグの日だった──表彰台を見上げながら、メルセデスチームの全員が、きっとそう感じていた。“ニコの週末”と言ってもいいかもしれない。すべりやすくトリッキーなコンディションの下、初めてのコースを先につかんだロズベルグは、スムーズなドライビングスタイルを活かし、週末を通してルイス・ハミルトンに先行した。

「全部のセッションで速くて、予選では優れたバランスを見つけることができた。僕のエンジニアたちのおかげで、自信を持って攻めることができた」

「エンジニアのおかげ」という表現は、理系のロズベルグが好調なときの特徴だ。マシンを無理強いすることなく、快適なドライビングで速さを得られるときの彼は強い。

 ただし鈴鹿やオースティンでハミルトンに並ばれ、2コーナーや1コーナーの出口でアウトに押し出されたあとでは、スタートが最大の課題。ハミルトンのようにチームメイトがそこに居ないかのように振る舞うことは、ロズベルグにはできない。

 予選を2位で終えたハミルトンは「ポールポジションはそんなに重要じゃない。ここは1コーナーまでの距離が長いからね」と、チームメイトにプレッシャーを与えた。2台そろって順当なスタートを切っても、スタートラインから900メートル先の1コーナーまでスリップストリームを使えば勢いを得られるはずだと計算していた。

 そんなハミルトンの“誤算”を読んでいたのか、タイトル争いから解放されたことがプラスに働いたのか、ロズベルグは落ち着いていた。標高2285メートル、0.8気圧のアウトドローモ・エルマノス・ロドリゲスでは、スリップストリームの効果は得られない。ロズベルグは難なく1コーナーで首位をキープし、いったんはチームメイトに並ぼうとしたハミルトンも従うしかなかった。

 主導権を握ったロズベルグと、チームメイトを追うチャンピオン。ニコが小さな不安を感じたのは唯一セーフティカー後のリスタートで、ハミルトンにとってはそれが唯一の、逆転のチャンス──しかし同じマシンで同じタイヤを履いているかぎり、リスタートで抜けるチャンスは本当に小さい。ロズベルグは首位を守り、バランスを乱されないために少し間隔を置いたハミルトンは、59周目のターン7でロズベルグがオーバーランしたときにも、隙を突くことはできなかった。

 スタジアムを埋めたファンが、ニコ・コールで勝者を讃える。こんなに盛大な歓声に迎えられるのは、ロズベルグにとって初優勝の上海でも、2014年の母国ドイツでも経験しなかったこと。スペイン語でのメッセージを「サポートをありがとう」と短いひとことにまとめた彼の心には、どんな思いがあふれていただろう──?

 高地に位置するサーキットの薄い空気は、車体にもパワーユニットにもドライビングにもレースにも大きな影響を与える。メキシコGPは、どんな新規開催よりも“未知の世界”だった。通常のサーキットと同じ出力を得るため、燃焼室に十分な酸素を送り込むためには、タービンもコンプレッサーも通常をはるかに超えて働かなくてはならないし、冷却もずっと難しくなる──ホンダが予想以上に苦労した所以でもある。モナコで使えるほどの大きなリヤウイングをつけていてもダウンフォースはモンツァ以下で、グリップしない。最高速も容易にモンツァを超えてしまう。したがってブレーキへの負担も大きくなるが、薄い空気ではブレーキの冷却も難しい。

「このレースにはスペシャルタイヤを用意するべき。僕らは、もっとグリップが必要だ」という言葉に、ハミルトンの悩みが表れた。人並み以上にコーナーの進入速度を活かして速さを築くドライバーにとっては、低グリップとブレーキの課題が最後まで影響した。さらにレースではスリップストリームの効果が得られず、前のロズベルグに近づくと極端にペースが落ちる事実を体感した。

「スタート直後には、スリップストリームの効果をほとんど得ることができなかった。ここでは近づけば近づくほど、まるで磁石のS極同士が反発するみたいに跳ね返されてしまう。ニコがクリーンエアで走る後ろで、僕にはどうすることもできなかった」

 もともとメカニカルグリップが小さなタイヤ/路面において、足りないダウンフォースが乱気流で乱されては打つ手がなかった。

 それでも、2回目のピットストップを指示するチームに対して「理由を訊いていい?」と抵抗したのはチャンピオンの意地。タイヤの摩耗が厳しいため、安全上の理由による作戦変更なのだとチームは説明したが、ドライバーは最後まで走れると感じていた。コース上でのオーバーテイクが不可能だと痛感していたハミルトンにとっては、ロズベルグと異なる作戦を採ることだけが逆転のチャンスだったのだ。セーフティカーの出動によって、いずれにしても2ストップに変更された作戦ではあったけれど。

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